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吉田茂衆議院議員 国会活動データ「本会議発言」



衆議院本会議発言統計

 23期(1947/04/25〜)   20回   26661文字
 24期(1949/01/23〜)   44回  115165文字
 25期(1952/10/01〜)    8回   23672文字
 26期(1953/04/19〜)   15回   37467文字
 27期(1955/02/27〜)    0回       0文字
 28期(1958/05/22〜)    0回       0文字
 29期(1960/11/20〜)    0回       0文字




衆議院本会議発言一覧

第1回国会 衆議院 本会議 第10号(1947/07/03、23期)

時局きわめて困難のこの際、政局を引受けられたる片山首相の決意を、私ははなはだ多とするものであります。(拍手)わが党は連立内閣にははいりませんでしたが、現下の時局に鑑み、かつこの難局に立たれたる首相に敬意を表しまして、閣外にありて、わが党の主義主張の許す限り、極力協力を辞せざるものであります。(拍手)………会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第7号(1948/11/09、23期)

ただいまの吉川君の御質問に対して、ただちにお答えすべきでありまするが、他の御質問と重複することもあるかと存じまするから、一括してお答えいたします。会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第8号(1948/11/10、23期)

昨日私が、質問した諸君に対する一括答弁ということを……。会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第9号(1948/11/11、23期)

松沢兼人君にお答えをいたします。私は、各労働團体その他の代表者には、つとめて時間の許す限り常に会つております。ただ、すべての代表者に会うということは……。会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第10号(1948/11/12、23期)

中曽根君の御質問に対して答弁をいたします。政令二百一号は憲法上有効性ありやいなやという御質問のようでありますが、この政令は、マツカーサー元帥の書簡に基いて、ポツダム政令によつて制定公布せられたものでありまして、今日においても無論有効なのであります。会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第12号(1948/11/15、23期)

この決議案の御趣意は、とくと了承いたしました。吉田内閣の性格及びこの国会に対する、このたびの会期に対する現内閣の方針の一端を申し述べます。現内閣は、疑獄事件によつて辞職せる芦田内閣の後をうけて出現いたしました内閣であります。(拍手)首班指名の当時、私を支持せられたものは百八十有余であつて、二百有余の………会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第13号(1948/11/16、23期)

ただいま尾崎行雄翁から種々御意見を承つて、まことに意義深く拝聴いたしました。事柄は、はなはだ重大でありまするから、御意見の点は、政府において、とくと研究をいたすつもりであります。これをもつて一應のお答えといたします。海外残留同胞引揚促進に関する決議案(河野金昇君外三十名提出)(委員会審査省略要求事件)会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第14号(1948/11/17、23期)

米窪君にお答えいたします。私が施政演説をいたさないことが、いかにも非立憲のように、しばしば言われるのでありまするが、しかしながら、私の記憶するところでは…会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第15号(1948/11/18、23期)

北村君の御質問に対して、お答えをいたします。私が施政演説をしないということに対して、さらにまた御質問がありましたが、これはしばしば私がここにおいて申し上げますように、この議会は芦田内閣によつて召集せられた。公務員法をまず第一に議することがこの議会の使命であり、また政府といたしましても、これをすみやか………会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第17号(1948/11/20、23期)

岡田君にお答えをいたします。施政方針の演説をなぜしないかということについては、去る十五日においても申し、その後しばしば申しておるのでありまするが、この内閣は、しばしば申すようでありまするが、公務員法制定のために召集せられた臨時議会であつて、政府としては、これを法制化することの義務を持つており、また現………会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第19号(1948/11/24、23期)

辻井君にお答えいたします。政府は決して人事委員会の決定を無視もしなければ、またこれを度外視する、もしくは人事委員会の権威を失墜せしめるようなことは、いたしておらないのであります。人事委員会の決定の理由をつまびらかにしながら、一方においては、政府はこの第三国会以前より財源の研究をいたしておるのでありま………会議録へ(外部リンク)

第3回国会 衆議院 本会議 第23号(1948/11/28、23期)

ただいま議決せられた決議案に対して、政府の所感を申し述べます。決議案の御趣意は、政府といたして万腔の賛意を表するものであります。(拍手)わが国に対して常に理解と同情を寄せられるマツカーサー元帥におかれても、必ず同情と理解をもつてこの決議案の趣意を了せられるだろうと思います。(拍手)政府といたしまして………会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第3号(1948/12/04、23期)

私は、第四国会の初めにあたりまして、ここに施政の方針の演説をいたしますことを、欣快に存ずるものであります。去月十五日、私の演説において述べました通り、現内閣は、芦田内閣総辞職後首班指名を受けた少数党内閣であります。この少数党内閣は、まず国民の信を問うために、世論に從い、冒頭解散をいたすべきものと信じ………会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第5号(1948/12/07、23期)

お答えをいたします。第一の辻君の御質問は、先般の協定が今後破られたときは首相はいかなる方途に出るかという御質問と承知いたしまするが、先般できました協定は四党の間の公約でありまして、これが今後破られるということは、私は想像いたさないのであります。從つて、破られた場合の方途については、ただいま考えておら………会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第6号(1948/12/08、23期)

原君にお答えをいたします。私の施政演説が、たいへん原君の御失望を買うたそうであつて、まことにお氣の毒に思います。しかしながら、私が施政の演説において申し述べた通り、第三国会はすなわち公務員法を議する特別議会である、ゆえに施政方針を言うことはむだな話であるということは、しばしば申し述べた通りであります。会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第7号(1948/12/09、23期)

中崎君の御質問に対してお答えをいたします。第一の質問は、政界、官界、財界の浄化をどうするかというお尋ねでありますが、これは、私がしばしばこの議場において申しております通りに、司法当局及び官界粛正委員会等によりまして適当な処分をいたすつもりでおります。会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第8号(1948/12/10、23期)

梅林君にお答えいたします。私の施政演説に関する考え方については、しばしば繰返し述べておるのに、なお御了承がないと見えますみが、私の考え方は、この内閣は諸君の指名を受けましたけれども、これはさらに国民から新たなる指名を受けてこそ政局を担当する地位に立つべきものであつて、それまでは施政の演説はなるべく控………会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第9号(1948/12/11、23期)

お答えをいたします。党に献金があつたから私に礼状を出してくれという希望がありましたから、私が礼状を出しましたが、金員の授受について私は何ら関係ないのみならず、梅村という人は、私は全然知らぬ人であります。また、先ほどの七十万円云々というのは、私が他から借りて出したのでありますから、税務署とは何らの関係………会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第11号(1948/12/13、23期)

三木君にお答えいたします。講和條約の早期締結あるいは国際連合の加盟ということは、これはお説の通り‥‥会議録へ(外部リンク)

第4回国会 衆議院 本会議 第18号(1948/12/20、23期)

お答えを申し上げます。この給與法案に対しては、年末が差迫つているので、政府といたしては、どうかして早くこの法案が上程せらるるように、かつまた議会において議了せらるるように、極々盡力をいたしたのでありますが、何らのその間に工作は加えておらないが、しかしながら、上程が今日まで遅れたというのは、(発言する………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第11号(1949/04/04、24期)

ここに現内閣の施政の方針に関して一言する機会を得ましたことは、私のまことに欣快とするところであります。思うに、国民は今回の総選挙におきまして、終戰以來の苦しき経験にかんがみ、安定せる政局のもとに、わが国の再建を健全なる保守政党に託さんとして、われわれ保守政党を圧倒的に支持したものと考えるのであります………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第12号(1949/04/05、24期)

浅沼君にお答えをいたします。民主党の一部と連立いたしたことについて攻撃でありますが。私は常に政見、政策を同じくする者とともに政局に立ちたいということは、終始言つておることであります。すなわち私の民主政治確立の理想は、二大政党が相対立して民主政治の基礎をなしたい、この考えから、いやしくもわれわれと志を………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第13号(1949/04/06、24期)

衆議院が長期の間にわたる本懸案の解決のため発議されたことは、まことに欣快にたえないところであります。(拍手)政府はただちに本決議を実施に移し、合衆国政府と商議を開始し、結果につきましては、本院にさらに報告するとともに、しかるべき国内措置を講ずることといたします。(拍手)会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第14号(1949/04/07、24期)

浦口君にお答えするに先だつて、昨日の竹山君の御質問に対してお答えをいたします。御質問の要旨は、施政方針の演説中において国民負担の軽減をやると言つたが、いかなる確信があるかということと承知いたします。これは私の施政演説の中に申した通り、税制審議会において十分日本の税制制度を研究いたし、再檢討いたして、………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第22号(1949/04/26、24期)

政府は四月六日の国会の決議に基き、米国政府と交渉いたしました結果、四月十四日、米国政府との間に阿波丸請求権の処理のための協定が成立いたしたのでございます。その内容は、まず前文において、米国政府は阿波丸撃沈についてその責任を認め敵対行動が終結した後損害賠償の問題を考慮する用意のあることを保証したこと、………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第31号(1949/05/17、24期)

総理大臣兼外務大臣として明快なる御答弁をいたします。(拍手)一体この阿波丸事件に対する協定への法的根拠はいかん。これは今御指摘の通り、日本は今日法的に外国との條約、協定を結ぶことはできないことになつておりますが、しかしながら、もし最高司令官がよろしいと許す範囲において日本国は協定を結ぶ権限があると私………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第37号(1949/05/23、24期)

並木君にお答えをいたします。私がウオーナー君に話した内容なりとして新聞に出た記事についての御質問でありますが、私は從來、新聞の記事については一切責任を負わないのであります。從つてまた、これには御答弁いたしがたいのであります。また、ことに講話條約以後の駐兵というような問題は、はなはだ微妙な問題でありま………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第4号(1949/10/31、24期)

井上君にお答えをいたします。薪炭特別会計法の効力を政府が独断で停止したというようなご意見でありますが、この点については農林大臣から詳細お答えをいたします。会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第6号(1949/11/08、24期)

本日ここに施政方針に関し私は所見を述ぶることを欣快といたします。今日国民が最も熱望いたしておりますことは、平和條約締結の一日も早からんことであります。(拍手)最近外電はしきりに米英両国が條約準備中の旨を伝えております。これは米英の、わが国民の終戰以来自省耐乏、條約及び占領政策を誠実に遵守した等の努力………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第7号(1949/11/10、24期)

お答えをいたします。ただいま鈴木君から、政府はできもせぬ約束をしておいて、ドツジの名に隠れて、その公約を果さない、こういうお話でありましたが、できもしないというのは鈴木君のお考えで、われわれはできるのである。(拍手)できて漸次これを予算面に盛つておりますから、補正予算をごらんになつて、さらに御検討を………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第8号(1949/11/11、24期)

お答えをいたします。政府は思想弾圧をいたした事実はないのであります。教師とか、あるいは国家公務員が、その地位においてある制約を受けるということは、私は当然と考えるものであるが、これが憲法違反なりやいなやについては、あなたと政府とは意見を異にいたしております。会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第12号(1949/11/18、24期)

お答えをいたします。小麦協定には、まだ日本政府は入つておりません。まだ農地法、実質賃金、貿易等いろいろお尋ねがあめましたが、これは主管大臣からお答えいたします。(拍手)会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第11号(1950/01/23、24期)

第七国会開会際しまして、ここに施政の方針をぶるは、わたしの欣快といたすところであります。終戦以来箇年有余、同情ある外援と国民の努力によりまして食糧事情は緩和せられ、生産は逐次回復し、貿易また増進いたしまして、財政の均衡を得るとともに、インフレは終し、今や国家復興によみがえらんとする国民の意気とみに旺………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第12号(1950/01/25、24期)

三宅君にお答えをいたします。私が国際関係、講和に対して楽観論に過ぐるという御批評でありますが、私としては、この議会において楽観論をとなえ得るということは、国家のためにまことに慶事であり、賀すべきことであると私は考えるのであります。(拍手)ただいま三宅君は、社会党を代表して平和国家論を強調せられたので………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第13号(1950/01/26、24期)

三木君にお答えをいたします。私の施政演説を勉強してごらんくだすつたならば、私の答弁を待たずに、あなたはわかつただろうと思います。私の申したことは、全面講和は希望する、但し講和は相手のあることでありまして、一人相撲ではないのであります。連合国との間の談判によることである、すなわち客観情勢によるのである………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第14号(1950/01/27、24期)

竹山君にお答えいたします。農政審議会の目的は、人口の半ば以上を占むる農民の利益保護増進については、国政の上において重大な事項と考えますから、農政審議会をつくりまして、学識経験を持つそれぞれの有識者に委員会委員になつていただいて、その意見を愼重に尊重したい。その愼重なる審議を得て、その意見を政府として………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第15号(1950/01/28、24期)

佐竹君にお答えをいたします。私が施政の演説の中において、自衛権を突然唱え出したのは、全面講和ができないという見通しからであろう――これは佐竹君の推測であります。私が自衛権の問題に論及しましたのは、戰争放棄によつて、あたかも日本の安全保障が危険になつたというようなふうに感ずる向ぎがあつて、しきりに安全………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第16号(1950/02/07、24期)

北村徳太郎君にお答えをいたします。北村君の御演説の中に、講和問題に関して、ソ連依存でもなければ英米依存でもないのである、これらの野党の質問に対して政府はまじめに答弁しない、民主的と言えないという非難でありますが、英米依存とかソ連依存とかいうことは、現に問題になつておらないのであります。講和問題につい………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第18号(1950/02/11、24期)

川上君にお答えをいたします。近ごろ、アメリカ政府の勧誘によつて、アメリカのホノルルその他において、しばしの代表機関を設けますが、これは外交機関ではないのであります。單なる事務を処理する、在留民その他の国籍党を取扱う、いわば事務的村役場のごときものを置くことになつておるのであります。便宜のためでありま………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第47号(1950/05/02、24期)

引揚促進に対するただいまの決議に対しまして、政府といたしまして一言所見を述べます。(拍手)終戦直後においてソビエトその他中国に引渡された同胞の概数に、政府の持つております陸軍その他の調査によつて、大体の数字は政府が承知いたしておるところであります。その後において、どれくらいな人がどうなつたか、詳細の………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第3号(1950/07/14、24期)

第八回国会開会にあたりまして、ここに施政の方針を述べることは、私の喜びとするところであります。まずここ当面の問題について所見を述べることといたします。地方税改正法案の意図するところは、さきに成立した国税関係の諸改正法律とともに、国税、地方税を通ずる国民租税負担の均衡及び軽減をはかり、あわせて地方財源………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第4号(1950/07/15、24期)

お答えいたします。早期講和の確信いかんというお尋ねでありますが、これは今日在外公館等を持つておらない日本政府としては、單に新聞に伝わるところの事実をもつてお答えするよりしかたがないのでありますが、コロンボ会議以来、英連邦の外務大臣は、しばしば対日講和の條件その他について、ロンドンその他において会合し………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第5号(1950/07/17、24期)

お答えをいたします。朝鮮事変の見通しについて重ねて御質問でありますが、これは一昨日も申した通り、不完全なる資料をもつて隣国の南北紛争の予言をいたすということは、当局者としては差控えたいと考えます。但し、日本に及ぼす影響については、政府としてはこれに善処する用意のあることをここに言明いたします。会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第10号(1950/07/29、24期)

お答えをいたします。このたびの警察予備隊の設置の必要になつたことは、ただいまお話の通りであります。ことに昨年以来、治安については政府としてはなはだ懸念にたえない事態がしばしば起つたのであります。これは諸君もすでに御承知であろうと思いますが、平の事件とか、あるいは広島等における共産党の指示による事件等………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第3号(1950/11/24、24期)

本日ここに提出の……(発言する者多く、議場騒然、聴取不能)所見を述ぶる機会を得ましたことを欣快と存じます。最近、外電は対日講和の近きを報じ、米国を中心として関係諸国間に予備交渉が進められつつある趣でありまますが……(発言する者多し)これは長い間講和を待ち望んで来たわれわれ日本国民にとつて、まことに喜………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第4号(1950/11/25、24期)

お答えをいたします。国会の召集が遅れたということは怠慢ではないかというお話でありまするが、政府といたして今日国会を召集することを要望するに至つた理由を述べます。第七国会の後、また臨時議会において、当時は朝鮮事件が勃発したときであります。朝鮮事件の態様あるいはその結果がどうなるか見すえのつかないときで………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第5号(1950/11/26、24期)

お答えいたします。朝鮮の動乱につきましては、国連司令部の声明にあります通り、その終局に近づきつつあると私は確信いたします。会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第5号(1951/01/26、24期)

ここに私は、第十回国会の開会に際し、施政の方針を述ぶることを欣快といたします。最近わが国の復興再建の機運とみに横溢し、昨年末には辺隅の地に至るまでまれに見るところの光景を呈したことは、まことに御同慶の至りであります。目を国外に転ずれば、朝鮮動乱は中共軍の参加とともに一層の紛糾を生じ、これを中心として………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第6号(1951/01/27、24期)

お答えをいたします。第一の御質問は、講和に対する心構えいかんという御質問でありますが、この心構えについては、すでに三木君御自身から私のために弁明していただいたように考えます。(拍手)私は、かつて一度も、講和は私にまかせておけというようなことを申したことはございません。のみならず、いわゆる謙虚な気持に………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第7号(1951/01/29、24期)

愛国精神を高揚喚起する方途いかんというお尋ねでありますが、日本国民は従来愛国心に富むと常に言われておる国民であつて、われわれも、日本国民に愛国心が欠如したという事実は毛頭認めませんのみならず、この愛国的精神に乘じて、これを惡用し運用して、あるいは侵略戰争になり、あるいは軍国主義の政治をしくに至つたと………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第12号(1951/02/13、24期)

今回のダレス大使一行の日本訪問に際し、私及び政府係官が大使その他と話し合つたことの内容につきまして、お話いたします。今回の話合いは、講和條約の交渉または下相談というものではなく、講和及びこれに関連する諸般の問題について互いに隔意なく意見を交換いたした次第であります。今回の話合いを通じて私が特に深く感………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第13号(1951/02/14、24期)

お答えをいたします。私のダレス特使に対する話合いと申しますか、相談については、すべて秘密であつて、秘密外交をなお継続するかというような意味合いと考えます。が、一体外交は秘密であるのが本体であつて、秘密でない外交はおかしな話なのであります。(拍手、発言する者あり)聞きたまて。(発言する者多く、聴取不能………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第20号(1951/03/13、24期)

衆議院議長幣原喜重郎君の逝去に対しまして、ここに政府を代表して敬弔のまことをささげたいと存じます。君が二年有余、衆議院議長とし事て民主政治確立のために盡瘁せられ、逝去直前までその職務を全うせられましたことは、われわれの深く感銘するところであります。さきに内閣総理大臣として国政を担当せられましたが、当………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第30号(1951/04/16、24期)

本決議に対しましては、政府はまことに同感であるのみならず、本院が本決議により国民の意思、感情を内外に表明せられたことを、まことに喜ぶものであります。終戰以来五箇年有余、その間数回内閣更迭がありましたが、党派のいかんにかかわらず、内閣首班に対し常に公平かつ丁重に応接せられ、温情をもつて国政の指導に当ら………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第32号(1951/05/09、24期)

先般来られたダレス特使の日本訪問に関しては、すでにダレス特使の声明または工業倶楽部における演説、あるいは直接面会された諸君におかれても、十分その使命は御承知と思いますが、一応私から御報告いたしたいと思います。米国政府は、連合国最高司令官解任発表の日、政府に対し、マツカーサー元帥の退任は日本または極東………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第33号(1951/05/10、24期)

お答えをいたします。第一の御質問は、講和の時期いかんという御質問でありますが、講和の時期については、これは相手方のある講和でありまするから、ただちに六月までとか七月までとかいう見通しは、何人といえどもできないはずであります。ダレス氏が、なるべく早くいたしたい、これはわれわれも同様であります。また六月………会議録へ(外部リンク)

第11回国会 衆議院 本会議 第1号(1951/08/16、24期)

本日、ここに講和問題につき報告することを欣快といたします。昨秋九月十四日、米国政府が対日講和推進を公式に声明して以来、ここに約一年であります。米国政府の好意と、ダレス特使の努力の結果、遂に九月四日サンフランシスコで対日平和会議の平和條約署名調印式がとり行われることになつたのであります。会議録へ(外部リンク)

第11回国会 衆議院 本会議 第2号(1951/08/17、24期)

お答えをいたします。全権としてサンフランシスコの講和会議に臨席いたす心構えについての御忠告は、つつしんで承ります。御希望になるべく沿うようにいたしたいと考えます。会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第3号(1951/10/12、24期)

先般サンフランシスコにおいて、平和條約が三共産主義国以外の参加国との間に調印を終りましたことは、御同慶にたえません。(拍手)その前文において、日本は国際連合に加入し、国際連合憲章の原則を遵守し、人権を尊重し、公正な国際商慣習を尊重する意思を表明し、連合国はこれを歓迎することを明白にいたしております。………会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第4号(1951/10/15、24期)

お答えをいたします。わが外交の基本線はどこにあるかという第一の御質問であります。今日すでに発表になりました講和條約、安全保障條約等についてごらんの通り、日本としては将来国際連合の線に沿うて外交をやつて行くということを、はつきりここに申したいと思うのであります。今日世界が、よく人が申すところであります………会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第5号(1951/10/16、24期)

お答えいたします。鈴木君のお話を伺つておるというと、占領中において日本はすでに外交権を回復しておるようなお話であるが、これは少々おかしいと思います。またお話のように、全面講和に大いに努力せられた――国内において演説をし、もしくは新聞に発表する程度は、これは交渉というべきものではないのであります。(拍………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第6号(1952/01/23、24期)

私は、ここに第十三回国会開会に際し施政の方針を演説することを欣快といたすものであります。平和條約は近く列国の批准を了して効力を発し新日本として国際の間に新しく発足せんとするに至りましたことは、まことに御同慶に存ずる次第であります。そのここに至れるは、過失六箇年有余にわたり、八千万同胞が一致協力、国力………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第7号(1952/01/25、24期)

お答えをいたします。過日のサンフランシスコ講和会議が名誉のない講和会議ということでございますが、名誉のない講和会議に全権委員として御賛同をいただいたということは、はなはだお気の毒に存じます何がゆえに名誉のない講和会議であるかというその理由はすなわち領土の割譲を規定いたしたことであるよ与でありますが、………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第8号(1952/01/26、24期)

お答えをいたします。私の過日の施政演説において何ら聞くべきものがないというお話でありますが、聞く蹄かれないは別といたして、私としては言わんと欲するところを言い盡したつもりであります。(拍手)氏本の外交政策のアジアに対する根本理想は何かということに対しても、善隣関係を確立したいということをはつきり申し………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第22号(1953/01/30、25期)

第十五国会の休会明けにあたり、政府の所信を述ぶる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。皇太子殿下には、昨年立太子の礼を滞りなく終えさせられ、今春は天皇陛下の御名代として英国女王陛下の戴冠式に参列あらせらるる予定であります。なおこれを機会に欧米諸国を御歴訪遊ばさるるよう承つておりま………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第23号(1953/01/31、25期)

松村君にお答えをいたします。私の施政演説その他閣僚の施政演説がまことに失望すべきものである、何らの抱負もなければ、あるいは新日本再興に関する抱負も何もないと言う。(「その通り」)その通りと言われることが、そもそも私はおかしいと思うのであります。一体、施政演説その他は、大本のことを出すべきものであるの………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第24号(1953/02/02、25期)

お答えをいたします。わが内閣の外交政策が首尾一貫しない、いわく秘密独善なりという批評でありますが、これはただちにそのままお返しいたしたいと思う。首尾一貫しないのは、私はむしろあなたの質問演説の方が首尾一貫していないと思う。(拍手)たとえば――たとえばであります。欧米に対しては追従であり、東南アジアに………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第25号(1953/02/03、25期)

お答えをいたします。義務教育費国庫負担についてまずお答えをいたしますが、道義の高揚は、単に国庫負担だけではその目的を達することができないことは当然であります。各種の施策の総合された結果が道義高揚となるのであります。しかしながら、各種の施策と申すが、そのうちでも教育は大事であり、義務教育はまたそのうち………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第5号(1952/11/24、25期)

去る四月、国民待望の講和がなつて、わが国はようやく自由諸国家の一員として国際社会に復帰することを得、かつ去る十一月十日には、皇太子殿下の立太子の礼及び成年式が、国内はもとより世界各国の祝賀のうちに、めでたくとり行われましたことは、諸君とともに、まことに喜びにたえないところであります。(拍手)独立後最………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第6号(1952/11/26、25期)

重光君にお答えをいたします。国民の理解のもとに外交をやれという第一の御希望のようであります。しこうして秘密外交、秘密外交と言われますが、今日のこの憲法あるいは民主政治において、秘密外交は実はできないのであります。(「やつてるじやないか」と呼ぶ者あり)それは……(発言する者多く、議場騒然、聴取不能)秘………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第7号(1952/11/27、25期)

川崎君にお答えいたします。国連軍との協定、裁判権の問題についての協定交渉は、順調に進捗いたしております。孤軍奮闘でもなければ、国民に哀訴嘆願もいたしておりません。岡崎外務大臣は、国連軍との間に、数次に数次を重ねて、国際法の原則、儀礼に沿うような線において妥協点を見出そうとして努力いたされておるのであ………会議録へ(外部リンク)

第15回国会 衆議院 本会議 第9号(1952/11/29、25期)

勝間田君にお答えいたします。朝鮮動乱の様相については、政府は、絶えず米国政府側から情報あるいは連絡を受けております。つんぼさじきに置かれておるのではないのであります。また、従つて米国政府の対日といいますか、朝鮮動乱に対する方針が違つたのではないかというお話でありますが、何ら変化は今日まで政府としては………会議録へ(外部リンク)

第16回国会 衆議院 本会議 第7号(1953/06/16、26期)

第十六回国会にあたり、ここに政府の所信を述べる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。皇太子殿下には、去る二日、御名代として英国女王陛下の戴冠式に参列せられ、滞りなく御任務を果されたことは慶祝にたえません。(八拍手)今後、欧米諸国を御歴訪の上、十分の御成果を収められ、無事帰朝せられ………会議録へ(外部リンク)

第16回国会 衆議院 本会議 第8号(1953/06/17、26期)

お答えをいたします。民主政治の尊重、国会の尊重について何と心得るかというお尋ねでありますが、これは、民主政治のもとにおいて、民主政治を尊重し、もしくは国会を尊重することは、お答えするまでもない問題であります。会議録へ(外部リンク)

第16回国会 衆議院 本会議 第9号(1953/06/18、26期)

須磨君にお答えをいたします。日本と朝鮮の関係は、お話の通り、歴史的にも、地理的にも、また善隣の関係から申しても、この両国の関係ははなはだ重要なものであり、従つてまた、朝鮮の復興はわれわれの最も関心を有するところであります。その朝鮮の問題が、朝鮮の事態はいまだ定まるがごとくして定まらざるものがあり、こ………会議録へ(外部リンク)

第16回国会 衆議院 本会議 第10号(1953/06/19、26期)

お答えをいたします。第一文教問題についてお答えをいたします。占領政治の当時においては、日本に対する占領軍の認識が不十分であり、また誤解もあつたために、あたかも日本が平和を破る好戦国である、またその好戦国として、中央集権、国家主義の考えのもとに、すべての施設、すべての制度ができ上つておるという考えから………会議録へ(外部リンク)

第17回国会 衆議院 本会議 第2号(1953/10/30、26期)

食糧問題の重大性については、ただいま農林大臣から御説明を申した通りであります。政府としては、あくまでも食糧の確保及びその価格の暴騰に対しては極力これに立向う考えであります。また災害対策については、本年の災害に対する応急措置及び恒久措置と二つに考えまして予算措置を講じ、また垣久政策については十分慎重な………会議録へ(外部リンク)

第17回国会 衆議院 本会議 第3号(1953/10/31、26期)

お答えをいたします。超党派外交を主張せられましたが、私は、かつて申した通り、議会政治、民主政治からいえば、内外の重要問題を議会において討議するということが民主政治、政党政治の基本と考えるべきものであるから、ゆえは、議会において超党派外交ということは、ただちに賛成はできないのであります。また、討論にお………会議録へ(外部リンク)

第17回国会 衆議院 本会議 第4号(1953/11/01、26期)

お答えいたします。今回、政府は、諸般の事情を考慮し、またこの補正予算がすみやかに成立、実施することを希望いたす結果、補正予算修正案を出しましたが、これは政府の基本方針に何ら影響するところがないことを確信いたすものでございます。会議録へ(外部リンク)

第18回国会 衆議院 本会議 第1号(1953/11/30、26期)

第十八回国会の開会にあたり、ここに政府の所信を述ぶる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。皇太子殿下には、御名代として英国女王陛下の戴冠式に御参列後、引続き欧米諸国を歴訪せられ、去る十月十二日御つつがなく帰朝されましたが、右御旅行を通じ、殿下御自身の御修養の上に、かつまた各国との………会議録へ(外部リンク)

第18回国会 衆議院 本会議 第2号(1953/12/01、26期)

健全財政とけどういうことを意味するかというお尋ねにお答えをいたします。われわれの考えております健全財政とは、すなわち均衡財政を考えておるのであります。すなわち、歳出入の均衡を得たる財政を考えておるものであります。(拍手)すなわち、インフレ要因を排て、あくまでも収支の均衡をはかる、この方針を堅持いたし………会議録へ(外部リンク)

第19回国会 衆議院 本会議 第5号(1954/01/27、26期)

第十九回国会の休会明けにあたり、政府の所信を述べる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。最近の国際情勢を通観いたしますと、国際的緊張はかなり緩和されたように見受けられるのでありますが、東西の冷戦状態は依然として存続していると考えられます。かかる情勢を前にして、わが国は、世界平和の………会議録へ(外部リンク)

第19回国会 衆議院 本会議 第6号(1954/01/28、26期)

お答えをいたします。御演説の冒頭において、政府は長期計画がないから、東南アジアとの間の経済協力あるいは経済外交が発展しない、対米外交また全然信頼を失いつつあるのであるというように承知いたしましたが、第一私の申したいことは、長期計画を立てるがいいか悪いかということであります。今日長期計画をよく立てる国………会議録へ(外部リンク)

第19回国会 衆議院 本会議 第7号(1954/01/29、26期)

お答えいたします。日本の国防は日本国の国力の増進に従つて漸増するということは基本方針であります。これはしばしば申した通りであります。従つてまた、米国政府が日本における駐屯軍を漸減いたしたいということも、日米皮全保障条約に明記いたしておるところであります。この米国の権利あるいは日本としての義務と申しま………会議録へ(外部リンク)

第19回国会 衆議院 本会議 第8号(1954/01/30、26期)

お答えをいたします。現在消費と生産との間のアンバランス、国際収支のアンバランスをもつて私は経済自立あるいは経済的独立がないと申すのでありますが、しかし、これがために従属関係のもとにありとは私は考えておらないのであります。また米国の軍事支配のもとにありという事実は何ら私は認めておりません。会議録へ(外部リンク)

第20回国会 衆議院 本会議 第1号(1954/11/30、26期)

第二十回国会にあたり、ここに政府の所信の一端を述べる機会を得ましたことは、私の最も喜びとするところであります。私は、九月二十六日羽田を出発して、五十余日にわたり、カナダ、フランス、西ドイツ、イタリア、ヴアチカン、英、米の七箇国を歴訪し、昨年皇太子殿下御訪問に対する歓待並びに終戦後わが国に寄せられた各………会議録へ(外部リンク)

第20回国会 衆議院 本会議 第2号(1954/12/01、26期)

お答えをいたします。臨時国会を開いて、もつて国会の自粛を要望せられるということについて、私も同感であります。しかしながら、国会の自粛、民主政治、政党政治の完璧を期するためには、まず国民の理性ということが大事であります。臨時議会のみが唯一の方法ではないのであります。まず国会の態度いかん、政党の態度いか………会議録へ(外部リンク)




データ更新日:2017/09/22