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吉田茂衆議院議員 24期国会活動まとめ



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衆議院本会議(24期)

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本会議発言統計

   第5回国会(特別:1949/02/11-1949/05/31)  7回発言  13316文字発言
   第6回国会(臨時:1949/10/25-1949/12/03)  5回発言  13526文字発言
   第7回国会(通常:1949/12/04-1950/05/02)  8回発言  12612文字発言
   第8回国会(臨時:1950/07/12-1950/07/31)  4回発言  12947文字発言
   第9回国会(臨時:1950/11/21-1950/12/09)  3回発言   8366文字発言
  第10回国会(通常:1950/12/10-1951/06/05)  9回発言  19981文字発言
  第11回国会(臨時:1951/08/16-1951/08/18)  2回発言  11436文字発言
  第12回国会(臨時:1951/10/10-1951/11/30)  3回発言  14736文字発言
  第13回国会(通常:1951/12/10-1952/07/31)  3回発言   8245文字発言
  第14回国会(通常:1952/08/26-1952/08/28)  0回発言      0文字発言

       24期通算   (1949/01/23-1952/09/30) 44回発言 115165文字発言

本会議発言一覧

第5回国会 衆議院 本会議 第11号(1949/04/04、24期)

ここに現内閣の施政の方針に関して一言する機会を得ましたことは、私のまことに欣快とするところであります。思うに、国民は今回の総選挙におきまして、終戰以來の苦しき経験にかんがみ、安定せる政局のもとに、わが国の再建を健全なる保守政党に託さんとして、われわれ保守政党を圧倒的に支持したものと考えるのであります………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第12号(1949/04/05、24期)

浅沼君にお答えをいたします。民主党の一部と連立いたしたことについて攻撃でありますが。私は常に政見、政策を同じくする者とともに政局に立ちたいということは、終始言つておることであります。すなわち私の民主政治確立の理想は、二大政党が相対立して民主政治の基礎をなしたい、この考えから、いやしくもわれわれと志を………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第13号(1949/04/06、24期)

衆議院が長期の間にわたる本懸案の解決のため発議されたことは、まことに欣快にたえないところであります。(拍手)政府はただちに本決議を実施に移し、合衆国政府と商議を開始し、結果につきましては、本院にさらに報告するとともに、しかるべき国内措置を講ずることといたします。(拍手)会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第14号(1949/04/07、24期)

浦口君にお答えするに先だつて、昨日の竹山君の御質問に対してお答えをいたします。御質問の要旨は、施政方針の演説中において国民負担の軽減をやると言つたが、いかなる確信があるかということと承知いたします。これは私の施政演説の中に申した通り、税制審議会において十分日本の税制制度を研究いたし、再檢討いたして、………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第22号(1949/04/26、24期)

政府は四月六日の国会の決議に基き、米国政府と交渉いたしました結果、四月十四日、米国政府との間に阿波丸請求権の処理のための協定が成立いたしたのでございます。その内容は、まず前文において、米国政府は阿波丸撃沈についてその責任を認め敵対行動が終結した後損害賠償の問題を考慮する用意のあることを保証したこと、………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第31号(1949/05/17、24期)

総理大臣兼外務大臣として明快なる御答弁をいたします。(拍手)一体この阿波丸事件に対する協定への法的根拠はいかん。これは今御指摘の通り、日本は今日法的に外国との條約、協定を結ぶことはできないことになつておりますが、しかしながら、もし最高司令官がよろしいと許す範囲において日本国は協定を結ぶ権限があると私………会議録へ(外部リンク)

第5回国会 衆議院 本会議 第37号(1949/05/23、24期)

並木君にお答えをいたします。私がウオーナー君に話した内容なりとして新聞に出た記事についての御質問でありますが、私は從來、新聞の記事については一切責任を負わないのであります。從つてまた、これには御答弁いたしがたいのであります。また、ことに講話條約以後の駐兵というような問題は、はなはだ微妙な問題でありま………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第4号(1949/10/31、24期)

井上君にお答えをいたします。薪炭特別会計法の効力を政府が独断で停止したというようなご意見でありますが、この点については農林大臣から詳細お答えをいたします。会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第6号(1949/11/08、24期)

本日ここに施政方針に関し私は所見を述ぶることを欣快といたします。今日国民が最も熱望いたしておりますことは、平和條約締結の一日も早からんことであります。(拍手)最近外電はしきりに米英両国が條約準備中の旨を伝えております。これは米英の、わが国民の終戰以来自省耐乏、條約及び占領政策を誠実に遵守した等の努力………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第7号(1949/11/10、24期)

お答えをいたします。ただいま鈴木君から、政府はできもせぬ約束をしておいて、ドツジの名に隠れて、その公約を果さない、こういうお話でありましたが、できもしないというのは鈴木君のお考えで、われわれはできるのである。(拍手)できて漸次これを予算面に盛つておりますから、補正予算をごらんになつて、さらに御検討を………会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第8号(1949/11/11、24期)

お答えをいたします。政府は思想弾圧をいたした事実はないのであります。教師とか、あるいは国家公務員が、その地位においてある制約を受けるということは、私は当然と考えるものであるが、これが憲法違反なりやいなやについては、あなたと政府とは意見を異にいたしております。会議録へ(外部リンク)

第6回国会 衆議院 本会議 第12号(1949/11/18、24期)

お答えをいたします。小麦協定には、まだ日本政府は入つておりません。まだ農地法、実質賃金、貿易等いろいろお尋ねがあめましたが、これは主管大臣からお答えいたします。(拍手)会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第11号(1950/01/23、24期)

第七国会開会際しまして、ここに施政の方針をぶるは、わたしの欣快といたすところであります。終戦以来箇年有余、同情ある外援と国民の努力によりまして食糧事情は緩和せられ、生産は逐次回復し、貿易また増進いたしまして、財政の均衡を得るとともに、インフレは終し、今や国家復興によみがえらんとする国民の意気とみに旺………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第12号(1950/01/25、24期)

三宅君にお答えをいたします。私が国際関係、講和に対して楽観論に過ぐるという御批評でありますが、私としては、この議会において楽観論をとなえ得るということは、国家のためにまことに慶事であり、賀すべきことであると私は考えるのであります。(拍手)ただいま三宅君は、社会党を代表して平和国家論を強調せられたので………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第13号(1950/01/26、24期)

三木君にお答えをいたします。私の施政演説を勉強してごらんくだすつたならば、私の答弁を待たずに、あなたはわかつただろうと思います。私の申したことは、全面講和は希望する、但し講和は相手のあることでありまして、一人相撲ではないのであります。連合国との間の談判によることである、すなわち客観情勢によるのである………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第14号(1950/01/27、24期)

竹山君にお答えいたします。農政審議会の目的は、人口の半ば以上を占むる農民の利益保護増進については、国政の上において重大な事項と考えますから、農政審議会をつくりまして、学識経験を持つそれぞれの有識者に委員会委員になつていただいて、その意見を愼重に尊重したい。その愼重なる審議を得て、その意見を政府として………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第15号(1950/01/28、24期)

佐竹君にお答えをいたします。私が施政の演説の中において、自衛権を突然唱え出したのは、全面講和ができないという見通しからであろう――これは佐竹君の推測であります。私が自衛権の問題に論及しましたのは、戰争放棄によつて、あたかも日本の安全保障が危険になつたというようなふうに感ずる向ぎがあつて、しきりに安全………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第16号(1950/02/07、24期)

北村徳太郎君にお答えをいたします。北村君の御演説の中に、講和問題に関して、ソ連依存でもなければ英米依存でもないのである、これらの野党の質問に対して政府はまじめに答弁しない、民主的と言えないという非難でありますが、英米依存とかソ連依存とかいうことは、現に問題になつておらないのであります。講和問題につい………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第18号(1950/02/11、24期)

川上君にお答えをいたします。近ごろ、アメリカ政府の勧誘によつて、アメリカのホノルルその他において、しばしの代表機関を設けますが、これは外交機関ではないのであります。單なる事務を処理する、在留民その他の国籍党を取扱う、いわば事務的村役場のごときものを置くことになつておるのであります。便宜のためでありま………会議録へ(外部リンク)

第7回国会 衆議院 本会議 第47号(1950/05/02、24期)

引揚促進に対するただいまの決議に対しまして、政府といたしまして一言所見を述べます。(拍手)終戦直後においてソビエトその他中国に引渡された同胞の概数に、政府の持つております陸軍その他の調査によつて、大体の数字は政府が承知いたしておるところであります。その後において、どれくらいな人がどうなつたか、詳細の………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第3号(1950/07/14、24期)

第八回国会開会にあたりまして、ここに施政の方針を述べることは、私の喜びとするところであります。まずここ当面の問題について所見を述べることといたします。地方税改正法案の意図するところは、さきに成立した国税関係の諸改正法律とともに、国税、地方税を通ずる国民租税負担の均衡及び軽減をはかり、あわせて地方財源………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第4号(1950/07/15、24期)

お答えいたします。早期講和の確信いかんというお尋ねでありますが、これは今日在外公館等を持つておらない日本政府としては、單に新聞に伝わるところの事実をもつてお答えするよりしかたがないのでありますが、コロンボ会議以来、英連邦の外務大臣は、しばしば対日講和の條件その他について、ロンドンその他において会合し………会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第5号(1950/07/17、24期)

お答えをいたします。朝鮮事変の見通しについて重ねて御質問でありますが、これは一昨日も申した通り、不完全なる資料をもつて隣国の南北紛争の予言をいたすということは、当局者としては差控えたいと考えます。但し、日本に及ぼす影響については、政府としてはこれに善処する用意のあることをここに言明いたします。会議録へ(外部リンク)

第8回国会 衆議院 本会議 第10号(1950/07/29、24期)

お答えをいたします。このたびの警察予備隊の設置の必要になつたことは、ただいまお話の通りであります。ことに昨年以来、治安については政府としてはなはだ懸念にたえない事態がしばしば起つたのであります。これは諸君もすでに御承知であろうと思いますが、平の事件とか、あるいは広島等における共産党の指示による事件等………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第3号(1950/11/24、24期)

本日ここに提出の……(発言する者多く、議場騒然、聴取不能)所見を述ぶる機会を得ましたことを欣快と存じます。最近、外電は対日講和の近きを報じ、米国を中心として関係諸国間に予備交渉が進められつつある趣でありまますが……(発言する者多し)これは長い間講和を待ち望んで来たわれわれ日本国民にとつて、まことに喜………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第4号(1950/11/25、24期)

お答えをいたします。国会の召集が遅れたということは怠慢ではないかというお話でありまするが、政府といたして今日国会を召集することを要望するに至つた理由を述べます。第七国会の後、また臨時議会において、当時は朝鮮事件が勃発したときであります。朝鮮事件の態様あるいはその結果がどうなるか見すえのつかないときで………会議録へ(外部リンク)

第9回国会 衆議院 本会議 第5号(1950/11/26、24期)

お答えいたします。朝鮮の動乱につきましては、国連司令部の声明にあります通り、その終局に近づきつつあると私は確信いたします。会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第5号(1951/01/26、24期)

ここに私は、第十回国会の開会に際し、施政の方針を述ぶることを欣快といたします。最近わが国の復興再建の機運とみに横溢し、昨年末には辺隅の地に至るまでまれに見るところの光景を呈したことは、まことに御同慶の至りであります。目を国外に転ずれば、朝鮮動乱は中共軍の参加とともに一層の紛糾を生じ、これを中心として………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第6号(1951/01/27、24期)

お答えをいたします。第一の御質問は、講和に対する心構えいかんという御質問でありますが、この心構えについては、すでに三木君御自身から私のために弁明していただいたように考えます。(拍手)私は、かつて一度も、講和は私にまかせておけというようなことを申したことはございません。のみならず、いわゆる謙虚な気持に………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第7号(1951/01/29、24期)

愛国精神を高揚喚起する方途いかんというお尋ねでありますが、日本国民は従来愛国心に富むと常に言われておる国民であつて、われわれも、日本国民に愛国心が欠如したという事実は毛頭認めませんのみならず、この愛国的精神に乘じて、これを惡用し運用して、あるいは侵略戰争になり、あるいは軍国主義の政治をしくに至つたと………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第12号(1951/02/13、24期)

今回のダレス大使一行の日本訪問に際し、私及び政府係官が大使その他と話し合つたことの内容につきまして、お話いたします。今回の話合いは、講和條約の交渉または下相談というものではなく、講和及びこれに関連する諸般の問題について互いに隔意なく意見を交換いたした次第であります。今回の話合いを通じて私が特に深く感………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第13号(1951/02/14、24期)

お答えをいたします。私のダレス特使に対する話合いと申しますか、相談については、すべて秘密であつて、秘密外交をなお継続するかというような意味合いと考えます。が、一体外交は秘密であるのが本体であつて、秘密でない外交はおかしな話なのであります。(拍手、発言する者あり)聞きたまて。(発言する者多く、聴取不能………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第20号(1951/03/13、24期)

衆議院議長幣原喜重郎君の逝去に対しまして、ここに政府を代表して敬弔のまことをささげたいと存じます。君が二年有余、衆議院議長とし事て民主政治確立のために盡瘁せられ、逝去直前までその職務を全うせられましたことは、われわれの深く感銘するところであります。さきに内閣総理大臣として国政を担当せられましたが、当………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第30号(1951/04/16、24期)

本決議に対しましては、政府はまことに同感であるのみならず、本院が本決議により国民の意思、感情を内外に表明せられたことを、まことに喜ぶものであります。終戰以来五箇年有余、その間数回内閣更迭がありましたが、党派のいかんにかかわらず、内閣首班に対し常に公平かつ丁重に応接せられ、温情をもつて国政の指導に当ら………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第32号(1951/05/09、24期)

先般来られたダレス特使の日本訪問に関しては、すでにダレス特使の声明または工業倶楽部における演説、あるいは直接面会された諸君におかれても、十分その使命は御承知と思いますが、一応私から御報告いたしたいと思います。米国政府は、連合国最高司令官解任発表の日、政府に対し、マツカーサー元帥の退任は日本または極東………会議録へ(外部リンク)

第10回国会 衆議院 本会議 第33号(1951/05/10、24期)

お答えをいたします。第一の御質問は、講和の時期いかんという御質問でありますが、講和の時期については、これは相手方のある講和でありまするから、ただちに六月までとか七月までとかいう見通しは、何人といえどもできないはずであります。ダレス氏が、なるべく早くいたしたい、これはわれわれも同様であります。また六月………会議録へ(外部リンク)

第11回国会 衆議院 本会議 第1号(1951/08/16、24期)

本日、ここに講和問題につき報告することを欣快といたします。昨秋九月十四日、米国政府が対日講和推進を公式に声明して以来、ここに約一年であります。米国政府の好意と、ダレス特使の努力の結果、遂に九月四日サンフランシスコで対日平和会議の平和條約署名調印式がとり行われることになつたのであります。会議録へ(外部リンク)

第11回国会 衆議院 本会議 第2号(1951/08/17、24期)

お答えをいたします。全権としてサンフランシスコの講和会議に臨席いたす心構えについての御忠告は、つつしんで承ります。御希望になるべく沿うようにいたしたいと考えます。会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第3号(1951/10/12、24期)

先般サンフランシスコにおいて、平和條約が三共産主義国以外の参加国との間に調印を終りましたことは、御同慶にたえません。(拍手)その前文において、日本は国際連合に加入し、国際連合憲章の原則を遵守し、人権を尊重し、公正な国際商慣習を尊重する意思を表明し、連合国はこれを歓迎することを明白にいたしております。………会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第4号(1951/10/15、24期)

お答えをいたします。わが外交の基本線はどこにあるかという第一の御質問であります。今日すでに発表になりました講和條約、安全保障條約等についてごらんの通り、日本としては将来国際連合の線に沿うて外交をやつて行くということを、はつきりここに申したいと思うのであります。今日世界が、よく人が申すところであります………会議録へ(外部リンク)

第12回国会 衆議院 本会議 第5号(1951/10/16、24期)

お答えいたします。鈴木君のお話を伺つておるというと、占領中において日本はすでに外交権を回復しておるようなお話であるが、これは少々おかしいと思います。またお話のように、全面講和に大いに努力せられた――国内において演説をし、もしくは新聞に発表する程度は、これは交渉というべきものではないのであります。(拍………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第6号(1952/01/23、24期)

私は、ここに第十三回国会開会に際し施政の方針を演説することを欣快といたすものであります。平和條約は近く列国の批准を了して効力を発し新日本として国際の間に新しく発足せんとするに至りましたことは、まことに御同慶に存ずる次第であります。そのここに至れるは、過失六箇年有余にわたり、八千万同胞が一致協力、国力………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第7号(1952/01/25、24期)

お答えをいたします。過日のサンフランシスコ講和会議が名誉のない講和会議ということでございますが、名誉のない講和会議に全権委員として御賛同をいただいたということは、はなはだお気の毒に存じます何がゆえに名誉のない講和会議であるかというその理由はすなわち領土の割譲を規定いたしたことであるよ与でありますが、………会議録へ(外部リンク)

第13回国会 衆議院 本会議 第8号(1952/01/26、24期)

お答えをいたします。私の過日の施政演説において何ら聞くべきものがないというお話でありますが、聞く蹄かれないは別といたして、私としては言わんと欲するところを言い盡したつもりであります。(拍手)氏本の外交政策のアジアに対する根本理想は何かということに対しても、善隣関係を確立したいということをはつきり申し………会議録へ(外部リンク)

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衆議院委員会(24期)

23期委員会 - 24期委員会 - 25期委員会 - 26期委員会 - 27期委員会 - 28期委員会 - 29期委員会

委員会出席・発言(国会会期別・役職別)

 期間中、委員会での発言なし。

※なお、委員長、委員以外の議員、大臣等の発言は本統計に含まれていません。


委員会出席・発言(委員会別・役職別)

 期間中、委員会での発言なし。

委員会委員長経験

 期間中、委員長としての出席なし。

※開催された委員会に委員長として出席した場合を委員長経験として数えています。記録上委員長に就任していても、該当委員会が開催されなかった場合や一度も出席しなかった場合には経験なしとなっています。

委員会理事経験

 期間中、理事としての出席なし。

※開催された委員会に理事として出席した場合を理事経験として数えています。記録上理事に就任していても、該当委員会が開催されなかった場合や一度も出席しなかった場合には経験なしとなっています。

委員会発言一覧

 期間中、委員会での発言なし。
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衆議院質問主意書(24期)

23期質問主意書 - 24期質問主意書 - 25期質問主意書 - 26期質問主意書 - 27期質問主意書 - 28期質問主意書 - 29期質問主意書

質問主意書提出数

 期間中に提出された質問主意書なし。

質問主意書一覧

 期間中に提出された質問主意書なし。

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データ更新日:2017/10/22