平田ヒデ衆議院議員の在職時の本会議での質疑や答弁などの発言についてまとめています。発言回数、発言文字数、発言時の役職、立場、各発言の冒頭部分の内容の一覧が掲載されています。
委員会や各種会議での発言等については委員会統計/発言一覧のページを参照してください。
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※「発言」は発言が記録された本会議の数、「文字数」は発言として記録された文字の総数を示しています。
※「議会役職」は議長、副議長など国会の役職、「政府役職」は大臣などの内閣、政府関係の役職が記録に付されていた場合を集計し、「非役職」は議会役職、政府役職いずれでもない場合を集計しています。
○平田ヒデ君 私は、日本社会党を代表いたしまして、三重県津市橋北中学校の水泳遭難事件に関し、文部大臣に対し二、三お伺い申し上げたいと思います。 一昨二十八日津市中河原浜において橋北中学校生徒三十六名の水死した事件につきましては、まことに遺憾きわまりないことでございまして、ここにつつしんで、深く哀悼の意を表する次第でございます。 本事件は、相模湖の遭難、紫雲丸の沈没と、相次ぐ中学生の水難事件の痛ましい記憶がまだ消えぬやさきでありまして、災難などと申すあきらめの言葉などでは絶対に許されてはならぬ問題であると思うものであります。(拍手)科学が今日ほど進歩発達している現在において潮流の調査もせず、……
○平田ヒデ君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま上程になりました教科書法案に対し、社会党提出の修正案に賛成し、政府原案に反対の討論をいたすものでございます。(拍手) 戦後における教育改革は、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を主眼目として、六・三制度、教育委員会制度等の実施を通じて着々と行われて参りました。一方、教育内容の方面におきましても、教育者の再教育、新しいカリキュラムの編成、検定教科書制度の実施等によって、戦前に比し面目を一新した点が非常に多いのであります。戦後、新検定教科書が作られ始めてから八年目になりますが、この間に発行された教科書は年とともに内容や体裁……
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