このページでは笠原潤一参議院議員の17期(1995/07/23〜)における国会発言(質問、答弁等)をまとめています。国会活動の統計や役職、質問主意書の数や内容は17期国会活動統計で確認できます。
○笠原潤一君 私は、自由民主党を代表して、財政構造改革の推進に関する特別措置法案いわゆる財政構造改革法案と、それに基づく来年度の予算編成方針、景気対策、経済構造改革、金融システム改革、金融・証券不正問題と沖縄基地問題を中心に、総理を初め関係大臣に質問いたします。 我が国の経済は、二十一世紀を目前に控え、世界経済のグローバル化が進展する中、国際競争力をつけるために規制緩和による高コストからの脱却等々が求められ、そのための経済構造改革を初め、少子・高齢化社会に備えた財政構造改革、金融市場の活性化のための金融システム改革、いわゆる日本版ビッグバン、行政のスリム化を目指した行政改革の中間報告等々、総……
○笠原潤一君 私は自民党の笠原潤一であります。お許しをいただきまして、質問をさせていただきます。 まずもちまして、田沢法務大臣、青木労働大臣、衛藤防衛庁長官、御就任おめでとうございます。三権分立のもと、行政のそれぞれの長として所管の業務に、そしてなおかつ国の安全に、あるいは国民の期待にこたえて頑張っていただきたい、かように思う次第であります。 それでは、まず法務省の関係でありまして、きょうは先ほど委員長お話しのように、法務省、裁判所、労働省、防衛庁と、この四省庁の平成四年度、五年度の決算であります。 本来ならば、決算というのはその前年度にほとんど決算を終えるのが当然でありまして、その決算……
○笠原潤一君 自民党の笠原潤一であります。 今回提案されました国際海事衛星機構、いわゆるインマルサット条約改正の意義と経緯と背景について少しお尋ねをしたいと思います。 御承知のように、この改正は平成元年一月十九日にロンドンで開催された国際海事衛星機構の総会において採択されたものであります。この内容については先般も提案の趣旨説明がございましたから省くといたしまして、ロンドンで開催されて既に八年近くも経過しておるわけですけれども、八年の歳月が経過したのは一体なぜか、どうして批准がおくれたかということについて、まず第一点、お尋ねしたいと思います。
○笠原潤一君 自民党の笠原潤一でございます。 あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約でありますが、私は、大臣もおられますし関係の執行部の方もおられますので、フリートーキング式でいきたいと思うんです。 これは非常に重要であり、かつ長い歴史の、人類始まって以来いろんな問題が出てくる差別の問題ですから、この一片の条約でこれが終わるというわけじゃないと私は思うんです。これはもう本当に底知れぬ深い長いいろんな歴史があるわけですから、そういう点からいって、これをどうだ、あれはどうだったというと、ありとあらゆる人種差別が余りにも広範でかつ深刻でもあるわけですから、そういう点を含めながら、私としては……
○笠原潤一君 自民党の笠原潤一であります。お許しをいただきましたので質問をしたいと思います。 まず、インド洋のマグロの問題につきましては、非常に時宜を得たものでありまして、既にもう十カ国が、韓国も加盟されたということでありますから自動的に協定発効に相なっておると思うんです。インド洋のマグロ漁業については、魚族の保存ももちろん大事でしょうし、乱獲の傾向も今非常に多くなっておるので、我が国としても安定的にこの漁獲ができるようなことが一番望ましいと思っております。我が国としても一刻も早く協定を締結できるようにと、こういうふうに私は思っておりますので、この問題は賛成をいたしたいと思います。 それか……
○笠原潤一君 自民党の笠原潤一であります。 外務公務員法の一部を改正する法律案につきましては賛成をいたします。 お聞きをいたしますと、現在百六十名おられるそうでありますが、ほとんど日本国籍を有しておられるということであり、また申請中の方もおるということであります。これは私もどうも遅きに失しておるんじゃないかと思いますから、この点については大賛成をいたします。 それではお尋ねしたいと思います。 この四月に入って本当にもう慌ただしいというか、一年をこの一カ月で集約するといいますか、そういう大変多忙をきわめた、また日本にとっても非常に大きな意義のあった月だと思っています。 まず第一番にお聞……
○笠原潤一君 自民党の笠原であります。 ただいま橋本参考人、寺村参考人、田中参考人からそれぞれ御意見を賜りました。いずれもその立場その立場でいろいろと御説明をいただいたわけでありますが、まず橋本参考人からお聞きしたいと思います。 昨年の十二月から今日に至るまで、日本の国を挙げてこの住専の問題に終始しておるわけであります。したがって、この住専というのはいかに大きな国民的な関心事であり、この問題の解決なくして日本の将来はあり得ないというふうにみんな思っているわけです。 そこで、この一番問題である住専でありますが、いろいろな論議が尽くされてまいりましたことは三参考人ともよく御存じだろうと思いま……
○笠原潤一君 自民党の笠原潤一であります。先輩の大河原先生の後を受けまして、関連の質問をさせていただきたいと思います。 沖縄が返らなければ日本の戦後は終わらない、これは佐藤元総理大臣の有名な言葉であります。日本国民がひとしく大変に喜んだのは、一昨日のモンデール駐日大使と橋本総理大臣との会談において念願の普天間基地が返ってくる、これは国民ひとしく喜んだと思います。 一月早々、前総理大臣が伊勢の皇大神宮にお参りになって、その後、橋本総理が出現いたしました。 私は、昨年の九月二十日に、橋本総理に我が高山の遺族会が大変熱望しておる慰霊塔の碑文を書いてもらいたいと。総理は、あのアルプスを背にして、……
○説明員(笠原潤一君) このたび沖縄開発政務次官を拝命いたしました笠原潤一でございます。 沖縄をめぐる諸問題の解決は、我が国にとっても、また沖縄の方々の筆舌に尽くせない御労苦に報いるためにも極めて重要な課題であると認識をいたしております。沖縄の真の振興策の推進に政府全体として取り組んでいかなければならないこのような時期に沖縄の振興開発を担当することになりましたことは、この上ない喜びでありますとともに、身の引き締まる思いであります。また、勇子の本懐でもあります。 五十一年前に思いをいたしまして、三十数年前に私は、沖縄本土復帰の前に、金城和信先生と一晩歓をともにしながらいろいろ話し合ったことが……
○笠原潤一君 松浦大使にお尋ねいたしますが、失業率が一二・五%ぐらい、大体一二%から一三%ということでありましたが、結果的にはフランスにおける外国人の労働者というかそういう若い人が失業しておって、本来的に言えばフランス国民というかフランスの白人といいますか、そういう人たちは失業率からいえば高くないということだと思うんです。 去年、ルアーブルへ行きまして、実はあそこは一九七〇年代にもう随分たくさんのアパートがあって、そこがスラム化しちゃってそれを今直しつつあるということでありますが、結果的には都市政策というか都市再開発をやろうということで非常に取り組んでおられますね、フランスは。 そういうこ……
○笠原潤一君 ジミー・カーター元アメリカ大統領の当参議院における初めての賓客としてこちらへ御臨席いただいたことに対して、大変に私ども感謝いたしておりますし、感激をいたしております。 カーター元大統領は、申すまでもなく、ジョージア州のピーナツが育てた大統領ということでありますけれども、ジョージア州は最も発展したところでありまして、デルタ航空はヘッドクオーターをアトランタに置いています。そして、「風と共に去りぬ」のマーガレット・ミッチェル、風とともに去りぬじゃなくて風とともにやってきたガーター元大統領に対して私は大変に敬意を持って、自由民主党を代表して質問できる光栄を大変に喜んでおります。 自……
○笠原潤一君 自民党の笠原です。 実は、川島さんも覚えておられるかもわかりませんが、私は、ことし必ず李登輝さんは行きますよと言ったんですよ。外務省のどなたも皆さんは絶対一〇〇%あり得ないと言っていましたね。しかし、現実に李登輝総統はアメリカヘ行ったんですよ。 それは幾つかの理由があるんです。だってあの人はコーネル大学ですから、まずコーネル大学の話からしなきゃいけませんが、そんなことを私が言っても時間が長くなりますが、要はアメリカは基本的に農業国家であると。そして、コーネルというのはやっぱりフロンティアですから西へ西へ進んでいった。アメリカというのは基本的に農業国家ですから、当時コーネル大学……
○笠原潤一君 時間も非常に切迫しておりますので、渡辺利夫先生に少しお尋ねしたいんですが、渡辺昭夫先生にもお尋ねしたかったんですが時間もございませんから。 実は九月末にちょっと台湾へ行ったんですよ。そこで李登輝さんと私は会う予定だったんだけれども、早く帰ってこなきゃならなかったので会えなくて、向こうの経済界の方々とお会いしまして、そのときに、いや実は台湾も日本と同じような状況にあるんですと。 というのは、バブルが崩壊しまして、台湾の中でも日本と同じように金融機関の倒産が幾つか相次いできたと。土地は上がってこないし、消費は低迷している。ですから、日本がああいうことになってバブル経済が崩壊しまし……
○笠原潤一君 最近非常に不可解な事件が中台、米韓、日韓合わせて幾つかあると思うんです。それはいろいろとお尋ねしたいんだけれども、しかしそれは別として、実は私は天安門の事件当時、その日に天安門に入ったんです。あの熱狂的な学生とあのあれを私は見ていまして、いや、これは完全に革命が起こるんだと思ったけれども、結果的にはああいうふうに鎮圧されたんです。そのときに非常に中国に親しいのがおったんです。今、ケ小平はどこかへ行っている、必ず彼は鎮圧すると言っているといって、これはある日本人の中国に非常に親しい人と話したんです。結果的にはそのとおりになったんです。まさかと思ったんだけれども、そうなったんですね。……
○笠原潤一君 本当は韓半島をめぐる問題でちょっとお尋ねしたかったんですけれども、きょうは中台情勢ということに絞られております。私は板門店へ一九七五年に実際あの中に入った。ですから状況を知っていますから、今のこの韓国と北朝鮮の問題について本当を言えば少しお聞きしたがったけれども、それはあすのあれに回させていただきたいというふうに思います。 一つはアジア太平洋に関する、特に中台の問題についてですが、大分冷却してきたものですから私どもも非常に安心をしているわけです。 考えてみますと、アメリカがどうして台湾に肩入れするかというのは、先ほどの立木議員の話じゃありませんが、台湾関係法を結んだ。その時点……
○笠原潤一君 実は、昨年の十一月にクリントン大統領がお見えになって村山総理との会談が行われ、その声明はどういう声明が行われるかというのを大変私ども、期待というよりも非常に気にしておったわけですけれども、残念ながらクリントン大統領、議会との関係があっておいでになれなかったと、こういうことです。 実は、昨年は大変日米間の安保に対する考え方の差異が、日米両方の違った考え方が非常に浮き彫りになったと思っておったんです。というのは、特に一昨年、共和党が中間選挙で大量に進出したものですから、共和党の考え方は非常に新しい考え方を持っていましたので、それとアメリカの行政府と、特にクリントン大統領との間にいろ……
○笠原潤一君 それでは、長谷川先生と竹中先生にお伺いしたいと思うんですが、最初に長谷川先生が言われましたが、中国の深セン、非常にここが今荒廃しつつあると。事実、私が新幹線に乗っておりましたら、私の隣に座った人が、深センの中でナフサとかブタンの貯蔵タンクをつくろうと。それはモービルが金を出して、日本の三菱がそれを受けて、そして、その人の名前は言えませんが、そこが設計をすると。それで、保険はどこが掛けるかといったら、結局ロイズに頼んだけれども、ロイズはノーと言ったというんですよ。その人の話を聞きまして、全く治安が悪くもう犯罪が非常に起こっていると。 したがって、広州もそうですけれども、かつて華や……
○笠原潤一君 ちょっと二、三お尋ねしたいんですが、本当は山本先生であるけれども、私は今からハイチの人が来てそれに会わなきゃならぬものですから、ちょっと申しわけないけれども山本先生にかわっていただいて、質問させていただきます。 まず畠中さん、量より質ということになるんだけれども、これはどうも抽象的で、一体どんなことをやりたいかということをちょっとお聞きしたいんです。量から質ということをまずあなたにひとつお伺いしたい。 それからもう一つは、有償です、円借款。これは円借款よりも、最近あちこちへ私も歩いてきたら無償の方が喜ばれる。これは当然ただでもらったような話ですからね。だけれども、私はチュニジ……
○笠原潤一君 両先生の大変に示唆に富んだお話、非常に感銘して聞いておりました。 宮崎先生にお尋ねしますが、かつてメキシコが金融不安を起こしましたね。これと今度の韓国の問題とでどちらがより深刻かということ。 それからもう一つは、IMFが支援を決定したんですが、支援を決定した当座は韓国というのは非常に国辱的な問題だということでわあわあ言っておったわけです。ところが、急にこのごろになってIMF寄りの姿勢が当然であるというふうに言い出してきたんですよ。私が言っちゃおかしいかもわかりませんが、韓国という国の国民性によると思うんです。それで、考えてみますと、韓国は円筒形経済です。中小企業が育っていない……
○笠原潤一君 小島参考人にお尋ねします。 実は、韓国のIMF支援は果たして成功するだろうか、いや成功しないだろうというふうに言われていますね。いろんな要素がありますけれども、これは非常に私は問題だと思っています。 そして、金大中大統領はきょう就任されたんですが、南北の対話に積極的に応ずると言っているんですよ。しかし、これは余りにも政治的な発言であって、金大中さんの過去を見ていたら、私は経済的な問題よりも政治的な問題にスタンスを変えていくんじゃないかというふうに思えてなりません。その点についてお尋ねしたい。 それから、財閥企業というのが、ここ二十年間そうですけれども、二十年、もっとそうでし……
○笠原潤一君 諸先生のいろんなお話を聞いておって、考えてみれば日本が戦後五十数年間、これはやっぱり日米安保条約というか、そういうおかげで金もうけもしたしいろんなことができたんですよ。その結果、日本人に言えることは、ODAでもそうですけれども、金持ちけんかせずですよ。泣く子と地頭には勝てぬということでやってきたという証左がいろんなことを通じてあらわれてきていると思うんです。だから私は、ここら辺でもうそろそろそういうことから脱却しなきゃならぬと思うんです、本当の話が。 ですから、私の言えることは、今の二つの言葉に相通ずるようなものがあるということ、日本人がほとんどそういうことでどうも戦後やってき……
○笠原潤一君 いろんな御意見を聞いておりまして、いろいろとまた考えさせられるところがあるんですが、要は日本というのは国家として体をなしていないと思うんですよ。 はっきり言って、日本の国家というのはかつての堺と一緒です。織田信長のころの堺と同じです。そして、いろんな武力でやった中でひとり堺が生き残ったんですよ。そして金をもうけたんです。しかしあっという間に、それはもう五十年か六十年のあれを終えてしまったんですが、日本の国も、考えてみれば日米安保だとかいろいろなことを言ってよその国の間の中で金をもうけたんですよ、実際の話が、全然手を汚さずに。ですから、堺の商人と何ら変わりがないということなんです……
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