川崎寛治 衆議院議員
31期国会発言一覧

川崎寛治[衆]在籍期 : 30期-|31期|-32期-33期-34期-35期-37期-38期-39期
川崎寛治[衆]活動記録 : トップ選挙結果本会議発言委員会統計発言一覧質問主意書

このページでは川崎寛治衆議院議員の31期(1967/01/29〜)における国会発言(質問、答弁等)をまとめています。国会活動の統計や役職、質問主意書の数や内容は31期国会活動統計で確認できます。

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本会議発言一覧(衆議院31期)

川崎寛治[衆]本会議発言(全期間)
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第55回国会(1967/02/15〜1967/07/21)

第55回国会 衆議院本会議 第31号(1967/06/29、31期、日本社会党)

○川崎寛治君 私は、提案者を代表いたしまして、最低賃金法案につきまして、提案理由並びに内容について御説明申し上げます。  申すまでもなく、最低賃金制は、制度ができた初めのころは、欧米資本主義社会の中でも極度に窮乏化した一部の極貧層の労働者救済のための社会政策として、資本家の側からは、産業平和や社会緊張緩和のための手段として採用されてきたのであります。しかるに、第二次大戦後においては、最低賃金制は労働者の最低生活保障のための統一要求として掲げられるようになったのであります。  本来、最低賃金制の目的は、労働者の最低生活水準を保障することであります。現在労働者の最低生活費はほぼ全国同水準となってお……


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第61回国会(1968/12/27〜1969/08/05)

第61回国会 衆議院本会議 第12号(1969/03/04、31期、日本社会党)

○川崎寛治君 私は、日本社会党を代表して、政府提出の昭和四十四年度予算三案に対して反対、細谷治嘉君外十三名提出の昭和四十四年度予算案を撤回のうえ編成替えを求めるの動議に対して賛成の討論を行ないます。(拍手)  予算は、時の為政者の政治方針を金額であらわしたものであります。佐藤総理は、自民党の総裁三選後、沖繩、安保に政治生命をかけ、あえてどろをかぶるとまで言明いたしました。安保再検討の四十五年を来年に控え、乗り切りのための四十四年度予算案は、その性格を各面にあらわにいたしております。  以下、佐藤内閣の政治姿勢、外交方針、財政、経済等の各方面にメスを加えて討論を進めてまいります。  まず、第一に……

第61回国会 衆議院本会議 第41号(1969/05/30、31期、日本社会党)

○川崎寛治君 私は、日本社会党を代表して、外務委員長報告に対する質疑を行ないます。  おろかなる自民党の国会対策の方針に盲従、無法無体、議会制民主主義を踏みにじった強行採決の経過を、詳しく外務委員長北澤直吉君にお尋ねしたいと思ったのでありますが、先ほど来の同君解任決議案をめぐっての趣旨説明、質疑、討論を通じてそのことはきわめて明らかとなりましたので、北澤直吉君に対する質疑は取りやめにいたします。ただし、ただいまの委員長報告に明らかなように、何ら反省をしていない点をきびしく糾弾いたしておきたいと思います。  本協定は、十八億円の国税の支出にかかわるものであり、アジア太平洋の現在及び将来にも関係深……

第61回国会 衆議院本会議 第69号(1969/07/29、31期、日本社会党)

○川崎寛治君 私は、日本社会党を代表して、文教委員長報告に対し、若干の質問を行ないたいと思います。  まず第一に、大坪君は国会役員でありながら、なぜ本会議をボイコットしたのでありますか。  第二、公聴会の会議録ができ上がり次第、それを見て審議の参考にすると委員会で言明をしておきながら、なぜ無視をしたのでありますか。公聴会は単なるセレモニーなのでありますか。国会役員として明確にお答えいただきたいのであります。  第三、大学紛争の根本原因は何でありますか。  第四、その根本原因を解決するために、自民党政府は具体的にこれまで何をやってきましたか。そして、その成果はどうであったかを明らかにしてほしいの……

川崎寛治[衆]本会議発言(全期間)
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委員会発言一覧(衆議院31期)

川崎寛治[衆]委員会統計発言一覧(全期間)
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第55回国会(1967/02/15〜1967/07/21)

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第4号(1967/04/26、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 本委員会が沖繩問題の総括的な特別委員会として設置をされ、本格的な審議が始められるわけでありますが、基本問題をあと回しにして、経済、財政援助の問題等から、こういうことで、やむを得ない審議の方向に入るわけでありますが、それだけに、総務長官には沖繩問題の国内における担当大臣として具体的なことをお尋ねいたしてまいりますが、責任をもってひとつ御答弁を願いたいと思うのであります。  まず第一に、先般琉球政府の松岡主席がアメリカに行き、ジョンソン大統領はじめアメリカ政府のおもな人たちと会って帰ってこられ、佐藤総理をはじめ水田大蔵大臣あるいは塚原総務長官等に会われて帰っておるわけでありますが……

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第10号(1967/06/06、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 どうもたいへん御苦労さまでした。  たいへん時間がございませんので、前置きは抜きにしまして率直にお尋ねいたしたいと思います。あるいはたいへん失礼な問い方になるかもしれませんけれども、その点は、どうか前進させるためのものとして御了承いただきたいと思います。  いま大濱先生から、現在施政権を持っておるのはアメリカだ、だからアメリカ側は受け身だ、こういうお話でございました。日本側が青写真をつくって積極的に働きかけるべきだ、こういうお話であったわけでありますけれども、先生がアメリカに行かれていろいろとそれぞれの筋とお話し合いをされております情報等が新聞にも出ておりました。それらを基礎……

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第11号(1967/06/07、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 ただいま横山、西風両委員のほうからいろいろお尋ねになりました。たいへん苦しい答弁を精一ぱいやられるわけでありますけれども、近く外務大臣も沖繩に参られるわけでありますし、それからさらに、秋には総理がアメリカに行く、日程は具体的でないにしても、ほとんどもうそういうことで国民は受け取っておるわけであります。先般、立法院の山川議長並びに安里議員が参りまして総理に会われたときにも、いろいろと総理も答えられておることが新聞紙上で見られるわけであります。そういう点に関連をして、いま両委員の質問した点を少し総括的に最後にお尋ねしたいと思うのでありますけれども、少なくとも、核基地つき返還あるい……

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第16号(1967/07/04、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 二点お尋ねしたいと思います。  第一点は、軍用地の問題で、たいへん判然としない、非常にあいまいだ、こういうことであるわけですが、そういたしますと、たとえば一号線のような基幹道路、ここで組合の役員がビラをまいておったら逮捕された、こういうような問題が起きているわけですね。あるいは接収の問題にしましても、最終的には米軍側が直接やる、米国が直接やる、こういうことになってまいりますと、沖繩県民の生命、財産を守る、基本的人権を守るという立場から、精一ぱいいって、たとえば特に道路なんかの場合、そういうものをはっきり分けて、沖繩県民の基本的人権を守るということが可能なのかどうであろうか。つ……

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第17号(1967/07/12、31期、日本社会党)

○川崎(寛)議員 ただいま議題となりました沖繩に対する財政措置その他の援助に関する臨時措置法案について、提出者を代表し、提案の理由を説明申し上げます。  戦後二十年余、百万人同胞が、依然として北緯二十七度線を境にして本土と分断され、他氏族の支配下に苦しい生活を続けていることを、われわれは夢寐にも忘れてはならないのであります。  太平洋戦争末期、沖繩においては、二十数万の同胞が生命を失い、しかも健児の塔、ひめゆりの塔に見られるごとく、けなげな中学生、女学生が社団のために若い生涯をささげたのであります。  彼らの祖国、母なる国は、その後一体沖繩に対していかなることをなしたでありましょうか。  対日……

第55回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第18号(1967/07/19、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 今国会にこの沖繩問題等に関する特別委員会が設置されて審議を続けてまいったわけでありますが、国会中に総理が出られてじっくり質疑をかわそうと、こういう当初の約束でありましたし、委員長はじめ与党の理事諸君がいろいろ努力をされてきたことについては了といたしますけれども、最終的には総理に対する質疑を行ない得なかったということは、たいへん残念に思うわけであります。  日ソ定期協議会を前にしてたいへん御多忙の外務大臣がかわりに御出席になられたことについては、たいへん御苦労に思うわけであります。わずか三十分という非常に制限された時間でございますので、十分な質疑はできませんから、総理が秋にアメ……

第55回国会 社会労働委員会 第2号(1967/03/18、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 関連。――端的にお尋ねしますので、明確に数字でお答え願いたいのですが、ワクチンメーカーは全国で何軒あるわけですか。それから各県ごとに、どこに集中してあるか、それをひとつ伺いたい。
【次の発言】 ワクチンメーカーが七つということで、数字がきわめて少ないわけでありますが、そうしますと、現在の焼却炉の設備、つまり焼却する能力というのが何ぼあるのかということが一つ。それから、現在一万五千二百頭の処理をされた豚のうち、何割が焼却あるいは埋却されていると把握をしておるか。
【次の発言】 それであれば、先ほどからの河野委員の御質問の点が明確になってくると思うのです。つまり、焼却の設備がある……

第55回国会 社会労働委員会 第19号(1967/06/13、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 先ほど島本委員が質問をされたことに関連をして基準局長にお尋ねいたしたいと思います。  就業規則の問題については、常時十人以上、こういうことでございました。基準法の八十九条には届け出の義務があるわけであります。あるいは九十条には就業規則作成の手続の規定もあるわけであります。ところが、先ほど伺っておりますと、作成及び届け出の義務というものは行なわれていない、こういうふうにうかがわれるわけであります。そういたしますと、基準法の百二十条によってこれは罰則があるわけでありますから、この点は、三十八年に問題になって以後それが処理されていないということであれば、当然に罰則の適用があってしか……

第55回国会 社会労働委員会 第28号(1967/07/11、31期、日本社会党)

○川崎(寛)議員 私は、提案者を代表いたしまして、ただいま議題となりました最低賃金法案につきまして、提案理由並びに内容について御説明申し上げます。  申すまでもなく最低賃金制は、制度ができた初めのころは、欧米資本主義社会の中でも極度に窮乏化した一部の極貧層の労働者救済のための社会政策として、資本家の側からは、産業平和や社会緊張緩和のための手段として採用されてきたのであります。  しかるに、第二次大戦後においては、最低賃金制は労働者の最低生活保障のための統一要求として掲げられるようになったのであります。  本来、最低賃金制の目的は、労働者の最低生活水準を保障することであります。現在労働者の最低生……

第55回国会 文教委員会 第24号(1967/07/21、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 たいへん時間が制約されておるようでありますから、要領よくお尋ねしますので、明確にお答え願いたいと思います。  中央教育審議会に今般、今後の教育の非常に長期的な、そして根本的な問題について御諮問になられたわけであります。大臣にお尋ねいたしますが、今回新しく衣がえをいたしました中教審に諮問をされました、その諮問の内容というのは、この説明要旨にございますように「基本的な制度の改革を提案するものもあり、また学校教育の根本問題についての指摘もあるように思われます。」そのあとに、「学校教育制度全体のことを考え、その根底にある国家社会の実態を念頭において多角的にくわしく検討し、総合的な対策……

第55回国会 予算委員会 第15号(1967/04/27、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 明日は四月二十八日であります。平和条約が発効して十五年、ただいまも山本委員から、ベトナム戦争の平和解決の問題について詳しく追及がございました。平行線をたどっておるわけでありますが、太平洋の空を明るくしたならば沖繩を返そう、こういうことを、ラスク国務長官も最近は新しく言っておるわけです。ベトナム戦争の重要基地としての沖繩については、政府側は絶えずこれを確認をしております。また、アメリカ側も絶対に放さないことを明言いたしてまいっておるわけであります。  そこで、端的に私はお尋ねをいたしたいのでありますが、この本委員会等で繰り返し追及をされました中で、沖繩の基地の自由使用を条件の返……


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第56回国会(1967/07/27〜1967/08/18)

第56回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第3号(1967/11/10、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 去る八月末行なわれました本特別委員会の沖繩調査の報告を本委員会に求める動議を提出いたします。

第56回国会 社会労働委員会 第2号(1967/08/02、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 関連して。先般、さきの五十五特別国会において八木委員から、社会保障制度審議会のかけ方についていろいろと大臣に対する追及をいたしました。そのときに、大臣並びに総理府あるいは関係局長は、たいへんいいかげんな答弁をして逃げておるわけでありますが、ただいまの佐藤委員の質問に関連して、私は抜本改正について今日の立法過程論でいささか詰めてみたいと思います。  それは、戦後審議会が設置をされたゆえんのものは、私から申すまでもなく、四つの性格が各種審議会には置かれているわけであります。一つは行政の独走を防ぐということ、第二には専門性を入れるということ、第三には行政の民主化、第四には総合調査、……

第56回国会 農林水産委員会 第5号(1967/10/09、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 大臣にひとつ明確にお答えいただきたいと思います。御承知のように時間がたいへん限られておりますから……。  作付面積が減少する。特にカンショの場合ですね。生産量も減る。しかし、でん粉の需要量は年々増大をしておる。要するに、価格の不安定ということに基因をいたしております。  そこで、国内産でん粉のウエートというものをどこに置くのか。そのための原料イモの生産の長期安定策というものについて、これは毎年質問いたしておりますが、長期の判断が農林省にありません。ですから、長期の判断をどのようにしていくか。その判断をする機関を設けるのかどうか。イモ作については、つくってもらいたくないのか、あ……


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第57回国会(1967/12/04〜1967/12/23)

第57回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第2号(1967/12/07、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 議事進行について。  臨時国会の第一回の委員会が開かれるわけでありますが、本特別委員会は第五十五特別国会で設置をされてまいったわけでありますけれども、この本特別委員会の運営について、政府側の姿勢というものは、本来設置をしたこの目的あるいは現地沖縄の県民諸君の要望というものからいたしますと、われわれ委員が運営をしていこうという熱意に対して、政府側の態度というものはきわめて遺憾だと思います。  特別国会、引き続く臨時国会が終わって、長い閉会の期間があったわけであります。本特別委員会から現地に国政調査に参りました。現地の調査を行なって、それぞれ非常にシビアーな現地の情勢も見てまいり……

第57回国会 沖縄問題等に関する特別委員会 第3号(1967/12/16、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 時間の関係がありますから、二三点簡単にお尋ねしたいと思います。  まず第一には、大統領行政命令の十二節には、「高等弁務官は、第十一節を含むこの命令を実施するにあたっては、琉球列島にある人々に対し、民主主義国家の人民が享受している言論、集会、請願、宗教並びに報道の自由、法の定める手続によらない不当な捜索並びに押収及び生命、自由又は財産の剥奪からの保障を含む基本的自由を保障しなければならない。」こういうふうにあります。これは友利裁判あるいはサンマ裁判等、いろいろ基本的人権に関する裁判もあるわけでありますけれども、この十二節が布令百十六号を含んで、沖繩の労働者にとって、はたして基本……

第57回国会 予算委員会 第2号(1967/12/11、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 私は、先ほど成田委員から日米共同声明を中心にいろいろと追及をされました、特にその共同声明に関連をし、沖縄・小笠原に重点を置いて、以下質問をいたしたいと思います。  先般の各党の代表質問において、自由民主党を代表して愛知議員は、平和時における領土問題の解決は世界史に例のない近来の快挙だ、このように言われたのであります。また総理も、ヨーロッパの歴史を比較してみよ、こういうふうなことで答弁をいたしております。それで、お尋ねいたします。ヨーロッパでどのように西ドイツ、イタリアが領土問題を解決したか、お答えいただきたいと思います、総理自身。


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第58回国会(1967/12/27〜1968/06/03)

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第8号(1968/04/18、31期、日本社会党)

○川崎(寛)議員 ただいま議題となりました沖繩に対する財政措置その他の援助に関する臨時措置法案について、提出者を代表し、提案の理由を説明申し上げます。  戦後二十年余、百万人同胞が、依然として北緯二十七度線を境にして、本土と分断され、他民族の支配下に苦しい生活を続けていることをわれわれは夢寐にも忘れてはならないのであります。  太平洋戦争末期沖繩においては、二十数万の同胞が生命を失い、しかも健児の塔、ひめゆりの塔に見られるごとく、けなげな中学生、女学生が祖国のために若い生涯をささげたのであります。  彼らの祖国、母なる国は、その後一体沖繩に対していかなることをなしたでありましょうか。  対日平……

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第9号(1968/04/19、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 沖繩に関しましては、外務大臣の沖繩との関係というのは、従来に増して制度的には関係が深くなってまいるわけです。南連の所長に対する指揮監督、さらには諮問委員は総理大臣並びに外務大臣の指揮監督、こういうふうになってまいるわけであります。そこで、日米首脳会談の共同声明を受けて交換公文が取りかわされ、諮問委員の設置、こういうことになってまいっております。  この沖繩問題の、特に本土との一体化を政府側が打ち出してまいっておりますけれども、この背景は決して単純なものではなくて、沖繩社会の不安定というものをいかに安定化していくか、さらには差別をなくしていくかということにかかわってまいるわけで……

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第15号(1968/05/14、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 ただいま美濃委員から質問いたしました点に関連をして進めてまいりたいと思いますけれども、いま美濃委員が疑問を持たれたように、暫定措置法と復興法というものは、現在の審議の中で十分つながっておらぬわけですね。そうしてそれは、二十数年間放置されておって実態調査ができないので、たいへん初歩的な調査を終わった段階だからできないのだ、こういうことでありますけれども、しかし実際には、協定が承認になり、さらに措置法が成立をすれば、具体的に動いていくわけですね。そこでまず、いつから帰島あるいは移住というものが始まるのかをお尋ねします。
【次の発言】 この協定と措置法が承認、成立ということになれば……

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第16号(1968/05/16、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 関連して――いまの点ですが、復興法において審議会をつくるとなると、復興法ができてから審議会ができる、こういうことになりますね。そこがさっきのと違うのですよ。
【次の発言】 それじゃもう少し具体的に詰めますから簡単に答えていただきたい。  では、準備対策本部というもののフルネームを言ってください。まず加藤さんから。
【次の発言】 といいますと、復帰に備えた準備対策本部なのですよ。それはいわば暫定措置法のことになってくるわけですね。それからいままでの基礎的な初歩的なといいますか、そういう調査の段階でこの法案ができる。そうしますとこの法案の中からは十八条で、附則の四条で総理府設置法……

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会 第18号(1968/05/23、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 この二十七日に、本土沖縄一体化調査団が沖縄に参ることになるというふうに伺っておるわけであります。このことにつきまして、少し詰めてお尋ねしてみたい、こう思います。  まず第一には、一体化調査は、諮問委員会の最初の勧告に基づいてなされるわけですね。その勧告は、三月十一日の諮問委員会の発表を見ますと、日本政府及び琉球政府により提案のあった調査団の代表を、諮問委員会と四月に会議するために招請する、こうなっておりますが、勧告の内容というのは、要するにこれだけなのかどうか。そこで、あとは、勧告が三月十一日、つまり四月に調査についての話し合いをしよう、こういう勧告が出されたわけですね。それ……

第58回国会 社会労働委員会 第25号(1968/05/15、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 生命保険の外務員、外野の安定制度という問題は、古くから議論されている問題でありますし、労働省あるいは大蔵省においても、それぞれ努力をいたしておりますことについては十分認めているわけでありますけれども、なお巨大な金融機関、大企業の中で、こうした不安定な雇用のあり方が存在するということは、許してはならないと思います。そこで以下数点にわたってお尋ねしたいと思います。  まず、基準局長にお尋ねをいたしたい点は、この四月一日から労災保険の拡大適用が行なわれることになったわけでありますが、生命保険関係の従業員に対する労災の適用数は現在何ぼになるか、お尋ねいたしたいと思います。

第58回国会 予算委員会 第9号(1968/02/29、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 まず最初に、佐藤総理に、昨日楢崎委員に、沖繩の立法院の代表に対する行き過ぎたことばというものについて弁明をされたわけであります。そこで、私はお尋ねいたしたいのでありますが、差別をしない、決して差別をしていないのだ、こういうふうに総理は言われました。九十六万の沖繩県民にとっても佐藤総理は総理であるかどうか、まずお尋ねをいたしたいと思います。
【次の発言】 それではもう少しはっきりお尋ねいたしたいと思うのです。沖繩の県民を代表して参りました議長の山川さん、日本国民であります。日本国民である佐藤榮作さんとどこが違うのですか。そこを明らかにしていただきたいと思うのです。


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第59回国会(1968/08/01〜1968/08/10)

第59回国会 予算委員会 第1号(1968/08/09、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 私は、日本社会党を代表いたしまして、外交、防衛問題についてお尋ねをいたしたいと思います。  まず最初にお尋ねいたしたいことは、いま沖繩の県民が国民の当然の権利として、国政への参加をたいへん要望しております。これは皆さん方の下部である沖繩自民党の諸君も含めまして、立法院においては全会一致で直接の国政参加を要望いたしておるのであります。あとでこの法理論的な問題についてはお尋ねをいたしますが、まずお尋ねをしますことは、先月の二十七日からこの八月三日にかけて、一週間、沖繩県の祖国復帰協の代表諸君が総理にお会いして、国政参加についての県民の要望を訴えたい、こういうことで上がってまいりま……


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第60回国会(1968/12/10〜1968/12/21)

第60回国会 予算委員会 第1号(1968/12/14、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 総理が三選をされて、特に最後の仕上げとして沖繩問題に命をかける、また場合によってはどろをかぶる、こういうことでたいへん力んでおられます。本会議あるいは午前中からの沖繩問題をめぐってのいろいろの質疑に対しては、ぬらりくらりと逃げておられるわけでありますが、私は特に安保と沖繩の問題に重点を置きながら、当面をしております諸問題についてお尋ねをしてまいりたいと思います。  総理が沖繩問題に取り組んでまいりましたのは三十九年、あなたが前の池田さんと総裁を争われたときに態度を表明してまいりまして、私が佐藤総理と沖繩問題でやりとりをいたしてまいりましたのは、その池田前総理から政権を引き継い……


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第61回国会(1968/12/27〜1969/08/05)

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号(1969/02/18、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 それは外務大臣が当然すべきことです。私たち、次官のことで、これは田中さんにはたいへん恐縮ですけれども、理事会で了承しておりませんよ。予算委員会が開かれていないんだから、外務大臣が出られないということはないはずなんで、そういうのを、最初からすっと理事会抜きでやられるというのは承服できませんね。

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号(1969/02/27、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 法制局長官にお尋ねしますけれども、施政権の及んでいないところに、日本国憲法に基づいた日本の法律がストレートに及んでおる、適用されておるということになると、このことは憲法上どういうことになりますか。具体的にいえば、戦傷病者戦没者遺族等援護法というのは、これはストレートに及んでおりますね。だから、このことが一つ。それから、国民の要件は法律で定めるという国籍法の問題、先ほど長官もちょっと触れられましたけれども、これはもっとも二重国籍のような複雑な問題を出しておりますけれども、及んでおる。そうしますと、日本の国会が制定をした法律がストレートに施政権のないところに適用されておるというこ……

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第6号(1969/03/18、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 いまの中谷委員の件についてちょっとお尋ねしておきたいと思いますが、昨年、日米琉諮問委員会の設置法案が本委員会で論議になりましたときに、米軍人軍属の犯罪の問題を諮問委員会にかけられるか、それはだめだ、こういうことになったわけですね。そしてそのときの答弁は、いま総務長官が言われたように、日米協議委員会あるいは外交ルートでやっていきます、努力をしたい。いま総務長官も努力をしたいと言われたが、諮問委員会ができますときに、非常に大事な人権問題であるこの問題については具体的にどうしていくのだというときに、そういう答弁があったわけです。そういたしますならば、具体的に日米協議委員会でこの問題……

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第10号(1969/04/15、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 沖繩の国政参加の問題に集中をしてお尋ねをします。  昨年の十二月十日、両院議長あてに総理から書簡が出されたわけでありますが、昨年の日米協議委員会における日米両国政府間の合意書というものがございますが、この合意書が法的に両国政府を拘束するものかどうか、まずその点をお尋ねします。
【次の発言】 ということは、拘束しないというふうに理解をしてよろしいと思いますが、国政参加という問題は国会の構成の問題ですね。これは日本の国会史上経験をしない大事な問題だと思います。だからこれの扱いを間違えるということになりますと、これは国会史上に汚点を残すことになりますので、この合意書というものが、は……

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第11号(1969/04/17、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 資料要求をいたしたいと思います。  それは、政府が一体化三カ年計画その他いろいろと進めておるわけでありますが、先般総務長官が沖繩の現地で、そういうものの案を示されたようにわれわれは新聞報道で伺っておるわけです。そこで、これをひとつ資料として、われわれも検討したいと思いますから、いただきたい。  それから次には、いま各省が、相当各部門にわたる現地の調査を行なっていると思うのです。つまり、総理府が総括の機関としてこれまでやってきたわけだけれども、しかし、現在においては、それをさらに広げて各省で行なっておると思いますので、これはある期間を切ってでけっこうですから、ことしならことしに……

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第15号(1969/06/17、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 時間がたいへん制約されておりますから、なるべく端的にお尋ねをしていきたいと思います。  外務大臣の衆参本会議におきます訪米報告の中に、「沖繩にある米軍基地は、戦争抑止力としてわが国及びわが国を含む極東の安全にとり、きわめて重要な役割りを果たしております。わが国の安全のためには、そのような基地の機能をそこなわないための十分な配慮が必要であります。」こういうふうに報告をされたわけであります。それからなお、ワシントンにおきます特派員の記者諸君との会見においては、もう少し明確に新聞では報道されているわけであります。つまり、沖繩が日本を含む極東の安全に果たしている役割りを重視し、基地の……

第61回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第22号(1969/07/22、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 まず第一に、十八日から行動を起こした、こういうことで先ほど来御答弁があったわけでありますが、この事故の事実を知ったのは、八日に事故が起きた、八日に外務省には通告があったとも聞いておるのです。その辺いかがですか。
【次の発言】 そうすると、これは八日は通告がなかったのですか。当局でもいいですよ。
【次の発言】 事務当局は……。
【次の発言】 そうしますと、ウォール・ストリート・ジャーナルがそういう報道をしなければ、この問題は結局わからぬまま葬り去られていくという可能性があったわけですね。この点は後ほど関連してまいりますが、その点、たいへん大事な問題だと思います。  撤去について……

第61回国会 災害対策特別委員会 第7号(1969/07/03、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 限られた時間でありますから端的にお答えをしていきたいと思います。  特にシラス地帯における宅地造成の問題を中心に伺いたいと思いますが、今回の鹿児島市の死亡者というのはほとんどこの宅地造成のがけくずれのためになくなっておるわけでありますけれども、なぜがけくずれがあったのか、がけくずれの原因は何だと見るか、まず建設省にお尋ねしたいと思います。
【次の発言】 予測以上の降雨量であったということはそのとおりだと思います。しかし、いまの一般的な御答弁では、先ほど上林山委員に対する御答弁の場合に、工学的にもまだ研究が進んでいないんだ、こういうことでありましたが、私はそれでは納得しないわけ……

第61回国会 災害対策特別委員会 第8号(1969/07/10、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 シラス地帯の問題は、道路、河川、治山、耕地、宅地、たくさんございます。しかし、これらの問題を取り上げてまいるのは時間的にも不可能でございますので、特に宅地の問題を中心に伺いたいと思います。  まず第一に、先般の本委員会においても、シラスの問題については、四十一年度の予算で土質工学会に頼んだのだ、こういうことでございますけれども、これはシラスに対する学術的な、工法的な研究をこれでなしたのかどうかという点、どうも先ほどの大臣の答弁もこれは明確でないと思うのです。それから先般の建設省側の答弁も、どうもはっきりしなかったと思うのです。だから、学会に依頼をしたその研究というものができま……

第61回国会 地方行政委員会 第10号(1969/03/07、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 たいへん時間が制約されておるようでありますので、要領よくお尋ねしたいと思います。  いろいろ専門の皆さん方かうお尋ねがあると思いますので、まずガリオアの問題についてひとつ基本的な点で詰めてみたいと思うのです。そのことは、つまりガリオア、エロアの資金というのは、アメリカが施政権者であるときの金ですね。だかう現在、国の債権ということで日本政府がその債権を譲渡されて、いま取り立てをやっておる。しかし、本来直接占領者として、施政権者として使った資金である。そこで、ガリオアの債権を譲渡をして信用基金に入れられた内訳というもの、つまり、これが救済の形で出たものはないのか、あるいは何かの補……

第61回国会 逓信委員会 第8号(1969/03/17、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 私は、難視聴地域解消の対策及びそれに関連した教育放送の問題にしぼって何点かお尋ねをしてみたいと思うのであります。  まず第一に、大臣にお尋ねしますが、NHKが四十四年度の予算で、これまで続けてまいりました努力をさらに進めて難視聴地域解消に取り組んでまいりますが、四十四年度末でカバレージが九六・四%、こういうことになると予算書には出ておるわけですね。そこで、大臣は四十四年度予算意見書をつけられたわけでありますが、この中で「山間地等の、現に放送局が置局されていないため、テレビジョン放送の視聴が困難である地域の解消については、今後も経済的な簡易中継局方式の開発をさらに推進し、これを……

第61回国会 内閣委員会 第12号(1969/04/04、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 私は、具体的な事実関係から入って、最後に総定員法案の本質論に触そてみたいと思います。  厚生大臣、人事院総裁、文部大臣、それぞれの御都合があるようで、先にしてくれといういろいろな御要望がありますので、それらも考慮しながらいたしたいと思います。  まず、人事院総裁にお尋ねをいたします。  今日、社会問題にもなっておりますが、病院の看護婦さんが非常に不足しておる。そこで三年前、四十年の十月、人事院の総裁が、これらの国立病院や大学病院の医療労働者の長年にわたります措置要求に対して、看護婦は月八日、それから複数夜勤という判定を下されたわけでありますけれども、その理由並びに――議論を合……

第61回国会 文教委員会 第32号(1969/07/09、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 今回提案されました大学の運営に関する臨時措置法案が学問の自由を守る、こう先ほど文部大臣はいたけだかに説を述べられたわけであります。この大学の運営に関する臨時措置法案が、はたして学問の自由を守るものであるかどうか、そして紛争を処理する法案になるかどうか、あるいは大学人の諸君が指摘をしておるように、また国民の多くもこれに対してたいへん大きな危惧を持っておりますように、この法案が前後三回にわたって、かつて提案され、またされようとした大学管理法案という一連の中で考えますときに、日本における学問の自由を締め殺していくその第一歩であるということについて、まず私は指摘をしたいと思います。そ……

第61回国会 予算委員会 第5号(1969/02/06、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 総理は、この十一月にアメリカを訪問してニクソンと首脳会談を行なって、沖繩の返還問題を話し合う、こういうことで、昨日の新聞にも出ておりますように、具体的な外交交渉のスケジュールも動き始めておるわけであります。私は、今回の佐藤・ニクソン会談というのは、一昨年の佐藤・ジョンソン第二回目の会談と比較をいたしましても、より以上重要な会談である、こういうふうに思います。それは、あなた自身どろをかぶり、政治生命をかけるとまでいわれておる決意があるわけであります。そこで私は、この沖繩返還問題を論議をいたしますについては、沖繩の県民はもとより、国民もたいへん大きな関心をもって見詰めております。……


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第58回国会(1967/12/27〜1968/06/03)

第58回国会 沖縄及び北方問題等に関する特別委員会地方行政委員会連合審査会 第1号(1968/05/15、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 ただいま藤田参考人から、非常にあせっておる帰島希望者のお気持ちを切々と訴えられたわけであります。この点につきましては、暫定措置法案を審議いたします過程においても、要するに今度は復帰に伴う暫定措置だ、そこで問題は次の復興法だ、こういうことに政府側は答弁をしておるわけでありますけれども、一番いま帰島希望者の方々が不安に思っておられる点、それはこの協定なり措置法なりが効力を発生した、次に、四十四年度において法律ができ、復興開発の予算が発効する、その段階までの間の移行措置が一番やはりいま不安ではないかと思うのです。それらの点について、帰島希望者の方々と国なり都なりとの話し合いがどのよ……

第58回国会 予算委員会第二分科会 第1号(1968/03/12、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 B52の問題を中心に少しお尋ねしたいと思いますが、その前にひとつ議論を整理していくために、去年の特別国会における沖繩特別委員会その他を通じてすでに議論をされておる問題ですが、そのことを一ぺん詰めたいと思います。  沖繩の施政権の返還については、まず第一には佐藤総理が昨年の一月大津で全面返還と、こう言いましたね。それから外務大臣も特別委員会で全面返還、こういう政府の方針を言われたわけであります。そうしますと、いま基地の扱い等その他でいろいろと議論があります。そういう中で分離返還、機能別分離返還あるいは地域別分離返還等はとらずに、あくまでも全面返還を通すという方針であるかどうか……

第58回国会 予算委員会第二分科会 第2号(1968/03/13、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 防衛庁長官にお尋ねします。  昨日の一時半、九段会館の「芙蓉の間」での日本郷友連盟総会に出席をされて、防衛庁長官としてごあいさつになられましたか、どうですか。
【次の発言】 それではお尋ねいたします。  きのうテレビでもいろいろ報道がございましたし、また私は、出席した者からもいろいろ聞いたのでございますが、幾つかの問題点があって、これは見のがせない、こう思います。  一つは、ただいま加藤分科員から質問がございました予算の関係並びにそれからくる防衛庁長官の国家建設の方向の根本問題、これが一つです。  まず、予算の点については、昭和の平時では国家予算の半分だった、だから、そうい……

第58回国会 予算委員会第二分科会 第3号(1968/03/14、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 議事進行について。ただいま大蔵大臣に聞いていただきたい。大蔵省の姿勢で非常に不満なのは、北山委員が、予算の総括質問で大蔵大臣並びに主計局長とずっと詰めてきた問題をこの分科会でやるということは、ちゃんと通告してあるのです。それに対して、きょうは主計局長は来ていないのです。それは政府委員室のほうからいろいろ聞いたら、非常に疲れておるということの説明はありましたけれども、御本人は了承しておらない。そういう点では、こういう大事な根本にかかわる問題を審議する際に、分科会に移ったからということで、政府委員のほうの差しかえというか、こういう陣容で臨んできて、議論がかみ合わない、議論が継続……

第58回国会 予算委員会第二分科会 第4号(1968/03/15、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 まず最初に、事務的に局長にお尋ねしたいと思いますけれども、つまり南連ではなくて政府の支弁だ、こういうことがはっきりいたしたわけでありますが、そこで、大臣にお尋ねする前に、大浜先生を団長にして何人、だれが行くのか、それからいつこちらを立つか、それから任務――つまりこの間の大臣の答弁でも、委嘱をしたというふうな答弁がありましたけれども、任務は、どういう任務を持って行くかという点をまずお尋ねしておきたいと思います。
【次の発言】 それでは大臣にお尋ねしたいと思いますが、総理の諮問機関として――これは設置法に基づいたものではございませんが、諮問機関としてあるわけであります。日米首脳……


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第61回国会(1968/12/27〜1969/08/05)

第61回国会 文教委員会公聴会 第1号(1969/07/14、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 たいへん時間が制約をされておりますので、簡単にお尋ねをいたしたいと思います。  公述人の諸先生がお忙しい中においでいただきましたことに、心から感謝をいたしたいと思います。特に、公聴会というのが単なる形式としてではなくて、公述いただいたことに対して、本委員会がどう先生方の御意見を受けていくかということがわれわれの任務だと思います。従来こうした公聴会には、総理大臣あるいは関係大臣がほとんど出席したことはないのでありますけれども、本日は坂田文部大臣も出席をされておりますし、私は、慎重に扱っていくという姿勢であることを読み取れますし、そういう立場でわれわれの責任を果たすために努力をし……

第61回国会 予算委員会公聴会 第1号(1969/02/21、31期、日本社会党)

○川崎(寛)委員 喜屋武公述人にお伺いしたいと思います。  ベトナム戦争以後、外人犯罪というのがふえてまいったと思うのです。その外人犯罪が戦争を契機にさらにふえてきておるという実情について、伺わしていただきたいと思います。
【次の発言】 ただいま基本的人権が依然として守られていない現地の実情をるるお述べいただいたわけでありますけれども、先ほど臼井委員のほうからは、経済援助が非常にふえてきた、こういう点の強調があったわけであります。ところが、現実には人権のほうの守られ方というのはさっぱり前進をしていないというのは、いまのお話でも明らかだと思います。そこで、いろいろと経済援助の面はふえながら、基本……

第61回国会 予算委員会第一分科会 第1号(1969/02/24、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 限られた時間でございますので、私が最近国会関係の付属しておる調査機関の問題についてあれこれ考えておりますこと、また、こうすべきじゃないかと思っておること等を、それぞれの関係の皆さんにお尋ねをしてみたいのであります。  実は、私がこの国会付属の調査機関についていろいろと関心を持ち始めましたのは、沖縄の問題が大きな国の政治問題として上がってまいりました。国会でも論議がずっと続けられ、また、総理もいろいろと外交折衝をやろうとしておるわけですが、この問題を検討いたしてまいりますについて、私は、立法府というものが国の最高の議決機関だ、その国の最高の議決機関としての機能を果たしていくた……

第61回国会 予算委員会第一分科会 第3号(1969/02/26、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 官房長官にまずお尋ねをいたしたいと思います。  二、三の新聞並びにテレビ等でも報道されたのでありますけれども、政府が、つまり内閣官房の広報室が、中央世論調査所を通して、沖縄返還についての世論調査を依頼した。その世論調査の結果というものは、公表されずに、閣議で報告をなされたというふうに読むわけであります。ただ、ここで、この世論調査の設問のしかたが、この国会で、本会議あるいは予算委員会等で、総理大臣が答弁をし、主張されておりますその論理ときわめて一致をいたしておる。つまり、誘導尋問的な世論調査をなしておることを、私はたいへん重大視するわけであります。たとえば、沖縄の祖国復帰につ……

第61回国会 予算委員会第一分科会 第4号(1969/02/27、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 私は、中央教育審議会のあり方というものについてお尋ねしたいと思います。現在どういうことが議論されておるか、そういうことじゃないのです。中教審の性格そのものをお尋ねしてまいりたいと思います。  中央教育審議会の事務局はどこにありますか。それから、事務局長はだれでありますか。事務局の人員は何名でありますか。
【次の発言】 大臣が、事務局の機構がどういうふうになっているかというのをあまり御存じないということは、いかに中教審の事務局というのが隠れておるかということだと思うのです。九名の企画室の人員が、官房長の命を受けて作業しておる。こういうことになりますと、中教審のあり方というもの……

第61回国会 予算委員会第四分科会 第1号(1969/02/24、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 午前中、中村委員のほうから御質問があったそうですが、重なる点もあるかもわかりませんが、まずイモでん粉の問題について少しお尋ねしたいと思います。  長期計画を立てようということは前々から議論になっておりましたし、私も党のイモでん粉の対策委員会の事務局長として、毎年のイモでん粉年度の際、本院の農林水産委員会等では議論をしてまいったわけでありますけれども、この長期計画を立てるために農林省内にイモでん粉の検討会をつくってやっておられるわけであります。三月までに結論を出すという予定であったが、結局三月には出ないんじゃないか、こういうふうに見られておりますが、この点いかがですか。いつご……

第61回国会 予算委員会第四分科会 第3号(1969/02/26、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 私は、第二次世戦大戦の結果、鹿児島県の一部であります奄美大島が二十八年まで米軍の占領下にあったわけですが、そのために現在大島電力、つまり島民の生活に非常に関係の深い電力会社がいろいろ苦労しておるわけですけれども、なかなか九州電力との合併が元の状態になれずにおるわけですね。そこで、この問題は将来沖繩が返還をされました際にもまた出てくる問題でもあろうと私は思いますし、この大島電力の問題をひとつお尋ねしてみたいと思います。  まずお尋ねしたいことは、大島電力が九電から分離をされた経緯というものを明らかにしていただきたいと思います。

第61回国会 予算委員会第二分科会 第1号(1969/02/24、31期、日本社会党)

○川崎(寛)分科員 まず第一には、この二月四日に沖繩でB52の撤去を求めて、「生命を守る県民共闘会議」の諸君がゼネストに入ろうといたしました。その前に、現地の代表も参りまして、政府のそれぞれの皆さんに会って帰ったわけです。外務大臣もその代表の諸君に会われたわけであります。一応回避されたわけでありますけれども、先般の二十一日の予算委員会の公聴会において、復帰協の喜屋武会長からも切々と訴えられました、これは一応の回避だと。屋良主席が、このゼネストの前に総理はじめ皆さん方とお会いになった結果についての感触を伝えて、回避を訴えたわけであります。その感触というのは、六、七月にはB52が移駐するであろう、……

第61回国会 予算委員会第二分科会 第5号(1969/02/28、31期、日本社会党)【議会役職】

○川崎(寛)主査代理 伊藤惣助丸君。
【次の発言】 只松祐治君。



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データ更新日:2023/02/05

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